ーー現在の金沢21世紀美術館でのアシスタントキュレーターとしてのお仕事内容は、一体どのようなものなのでしょうか。
髙木 |
展覧会を広義に捉えた上で「展覧会を作る」というのが、僕の今の仕事だと思っています。美術館の役割は多岐に渡ります。作品が展示される場所でもありますし、作品をコレクションする機能も果たしているし、教育や地域交流の役割もになっている。僕が立ち上げた「The 5th Floor(ザ・フィフス・フロア)」というオルタネイティヴスペースでの展示企画や「ホテルニューアカオ 」でのアートイベントに携わったときにはとにかく「尖っていて、面白い展覧会を作ってなんぼ」という感覚でしたが、金沢21世紀美術館に来てより一層キュレーターという仕事の役割や可能性について広義に考えるようになりました。 |
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ーー何がきっかけで、金沢21世紀美術館に務めることになったのですか
髙木 |
ポイントは3点ほどあります。まずは、そもそも日本に現代アートに特化した美術館がほぼないということ。関東でも指折り数えられるくらいなので、僕が興味のある現代アートを扱う美術館として金沢21世紀美術館にはそもそも注目していました。あとは、館長の長谷川祐子さんと出会って「一緒に働いてみたい」と思ったこと。長谷川さんは僕がキュレーションというものに興味を持ったきっかけを作ってくれた人です。最後に、東京での活動に疲弊気味だったことも事実だと思います。東京にいた5年間で50本近い展覧会に携わりましたが、キュレーターとしてメイクマネーするのはなかなか難しかったですね。展示企画の他に、カメラマンをやってみたり、展示のインストーラーの仕事を手伝ったり、動画編集や通訳・翻訳をやったり……、自転車操業で色々な仕事を兼業しながらなんとか食いつないでいた状況でした。すごく好きな場所ではありますが、東京の消費スピードの速さと自分が展覧会で伝えたいことが伝わるテンポが合わない部分にも気がつきはじめていた頃に、ちょうどご縁が重なって、金沢21世紀美術館で働かせてもらうことになったんです。 |
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ーー大学院では、展覧会を開催する場所やアートが置かれる環境自体について学ばれたとのことですが、美術館という場所での展示の作り方において、ご自身の課題はありますか。
髙木 |
美術館で展示をするというのは、実はとても稀有なことだと思うんです。美術館で展覧会を開催することができるアーティストは全体の中でひと握りですよね。前述したように、日本では僕の好きなジャンルのアーティストが美術館で展示をすること自体が稀でした。さらに学芸員の顔も外側からはなかなか見えてこないので、実際に自分が勤め始めるまでは、美術館で展示を作ることに具体性を伴うイメージが湧いていなかったのが正直なところです。僕が展覧会の会場としてこれまで選んできたのは、ホワイトキューブではないところばかり。場所自体のエッセンスを展示に生かして、その場で生まれる相乗効果の体験を提案してきました。そういったノウハウが蓄積されたうえで改めてホワイトキューブと向き合うと、ホワイトキューブの「どんな場所にもなれる可能性」に気がつけたんです。ただの白い壁だと思っていた面を白い壁として使うのではなく何かに化けさせられるというのが、僕の今の課題ですね。 |
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ーー美術館とギャラリーとでは、今おっしゃられたような会場のハード面にも大きく違いがありますが、来場するお客さんなどのソフト面も大きく違いがあると思います。
髙木 |
まずギャラリーとは来場者の規模感が全く異なりますね。金沢21世紀美術館の入館者数はコロナの影響を受けた2021年で101万人。それまでは、年間250万人以上の人が訪れていました。ここまでいくと、展示が全くコントロールできなくなる数字。コントロールというのは、来場者の予測からイメージして展示を作ったり、展示空間に同時に何人の人が入るかを予測した上で最高の体験を提供するといったことです。そういった予測が立て辛くアウトオブコントロールになる場所で、どんな体験を提供できるかも課題の一つですね。 |
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ーー来場者数の数が多いとアートを届ける裾野が広がるといったプラスの側面もあると思いますが、それを実感されたことはありますか。
髙木 |
それはありますね。僕が展示を作るときには、「この人に見て欲しい」というイメージが明確にあるんです。でもその予想に反した人にも見てもらえるのは興味深いし意義があると思っています。リテラシーの有無を問わず、「心に刺さるもの」を目指せるのはこの美術館だからこそできることかもしれません。普段あまりアートに接していない方にでも「意味はよくわからなかったけれど、なんか良いじゃん」と思ってもらいたいですね。一方でアートを鑑賞することが消費されている感覚もある。特に金沢のような環境だと観光ついでに訪れる人も多いですから、SNS用の写真が撮れたらそれでOKと思っている方もいるでしょう。ただそんな中で、うっかりたどり着いた展示室で「なんだこれ」という衝撃を持ち帰ってほしい。 |
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「アペルト17 SCAN THE WORLD」(石毛健太・BIEN)で美術館の広い展示室を使って表現したかったこと。
「アペルト17 SCAN THE WORLD [NEW GAME]」展示風景、金沢21世紀美術館、2022年-2023年
ー2022年10月1日から2023年3月19日まで髙木さんがキュレーションを担当した展示「アペルト17 SCAN THE WORLD 」(SCAN THEWORLD: 石毛健太、BIEN)が開催されています。作家のひとりであるBIENさんも会場にいらっしゃるということで一緒にお話をお伺いできることになりましたが、まずは開催に至る経緯をお聞かせください。
髙木 |
「アペルト17」は国籍・年齢を問わずに若手アーティストをフィーチャーするという企画。「SCAN THE WORLD」自体は石毛健太さんとBIENさんが続けてきたプロジェクトで、ハンドスキャナーを使って世界中のあらゆる場所を読み込み、断片的なイメージを収集するというもの。僕がアシスタントキュレーターとして働き始める前に、彼らの展示を東京で見る機会があり、SCAN THE WORLD[STAGE: TELEPHONE GAME]」(TOH、東京、2021)、「SCAN THE WORLD[STAGE: COLLECTIVE BEHAVIOR]」(FL田SH、東京、2018)そのどちらものが、アートの新たなフォルムを感じさせるものでした。そして美術館着任後に企画のオープンコールがあり、「SCAN THE WORLD」というプロジェクトを提案しました。そうしたら「アペルト17」で実施することが決まって、僕の金沢21世紀美術館での最初の展示になりました。金沢21世紀美術館に持ってくることにはアーティスト側の困惑もあったとは思うのですが、これまでお話ししてきたこの美術館の特異性と組み合わさることで生まれる新しい反応に期待してオファーしました。実際この広い館のなかで、どうやったら足を止めてもらえるかはまず始めに考えた部分で、スペクタクルで劇的な空間を目指して、天井から巨大な石盤を吊ったり……。 |
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BIEN |
「SCAN THE WORLD」をこの空間でどう生かすかとなったときに、髙木さんとは共通言語も多かったのでスムーズに話を進めることができました。そもそもは僕たちがハンドスキャナーというツールを見つけて遊び出したのがきっかけのプロジェクト。そこから広がって参加型のゲームのようにして、より多くの人とイメージを集めるようになりました。世の中にはデジタルのイメージが溢れていて、スキャンしたデータもそのうちのひとつになるわけですけれど、それを取得するには実際に街に出て、対象物に触れないといけない。実際に僕らも金沢21世紀美術館に滞在してスキャンした映像をインスタレーションとして展示しています。 |
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髙木 |
美術館でやる特異性としては、会期が長いというのもひとつありますね。10月から3月までという長い会期の中で、作家も現地に滞在しながら展示自体を現在進行で進化させていき、それを鑑賞者にも感じてもらう。だからゲームをクリアしていくと次のステージに進めるように、スキャンのミッションを時期を追うごとに次々と開示していく展示展開にしました。普段は美術館での展示にあまり足を運ばないような友人にも注目してもらえるようにオープニングとエンディングにパーティーをやるのはマストだとも思っていたし、需要の仕方が違うオーディエンスに向けて、何かひとつでも刺さるといいなと思っていろんな仕掛けを考えましたね。 |
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1枚目.巨大スマートフォンに映し出されたSCAN THE WORLDのウェブサイト、3枚目.SCAN THE WORLDのワークスペースが展示室に、4枚目.「アペルト17 SCAN THE WORLD [NEW GAME]」展示風景、金沢21世紀美術館、2022年-2023年、5枚目.SCAN THE WORLDのウェブサイトにスマートフォンからアクセス、6枚目.金沢の街をスキャニングするのに使用しているハンディスキャナ、7枚目.巨大な石盤に刻まれたSCAN THE WORLDのルール
オーディエンスが来て展示が生き生きとする
その瞬間に一番エキサイトする。
ー髙木さんご自身のお話に戻りますが、そもそもアートに関する仕事に就こうと思ったのはいつ頃からだったのでしょうか。
髙木 |
大学院に進む前でしょうか。大学でも美術史や美学を専攻していましたが、自分が研究者向きではないことはわかっていました。最近になって研究に対する欲求がぶり返している面もあるのですが、当時は机について本を読み、1つのディープな世界に立ち向かっていくというよりは、自分自身が世界で遊んでプレイヤーでいたいという感覚が強かったんです。周りが就職活動を始める頃に、自分の進路を考えてフリーランスとしてやっていくことも考えてみましたが、「キュレーション」というものについてもう一度1から考えてみたいと思って大学院への進学を選びました。 |
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ーなかでも、現代アートというジャンルに興味を持ったのはどうしてだったのでしょうか。
髙木 |
両親がアートが好きなので、幼少期からよく美術館には連れて行ってもらっていました。あとは京都が地元なので、神社仏閣への参拝が日常の中にあってそこで「展示されているものを見る」という行為に慣れていったというのはあると思います。現代アートに興味を持ったのは、大学在学中に交換留学でフランスに行ったのがきっかけ。フランスには名だたる名画を有する美術館ももちろんたくさんありますが、現代アートを扱うスペースもたくさんあります。地元の京都では当時はそこまで現代アートに触れる機会がなくて、クラシックなものに触れる機会の方が多かった。今振り返ってみると京都にもオルタナティブでアンダーグラウンドなスペースはあったのですが、当時の自分のアンテナでは見つけられていなかったんですね。フランスに行って現代アートやそれらを発表するスペースの面白さを知りました。 |
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髙木 |
恩師である長谷川祐子さんとの出会いが、「キュレーションって面白そう」と思ったきっかけですね。大学でゲストを呼んで卒業生の作品を講評してもらう、というイベントがあってそのときのゲストが長谷川さんだったんです。作家自身が作品の説明をするよりも雄弁に鋭く作品について切り込むその様子は、これまでに体験したことのない衝撃で、「やばい人がいる!」って(笑)。フランスで現代アートを知ったものの、わからないことばかりだった僕が「現代アートについてもっと知りたい」と思った瞬間でした。 |
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髙木 |
展覧会はアーティストとキュレーターだけで作るのではなく、多くの人が関わって作り上げていくものなのでその制作過程も面白いのですが、一番エキサイトするのは展覧会を開場して、オーディエンスが来てその場所自体が生き生きとしていく瞬間、でしょうか。自分たちが準備してきたものが、外部のものと触れる瞬間には何かが起きている気がします。
未だにキュレーションというものに対して模索中の身で、「やるべきこと」「やるべきではないこと」の違いを探しているところ。ただアーティストと共に、作品をひとつ別のステップに持っていくというのがキュレーションの役割だと思っているからこれからもその方法を探していきたいし、その上でエキサイトしていく瞬間は変化していくかもしれないですね。 |
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写真:Hiro Yamashina
※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。