自分がカスタマーとして、「あってほしいもの」を作る。
――建築の分野に留まらず、あらゆるカテゴリーで「課題」を発見し解決する提案を行なっている印象です。谷尻さんはどんなときに「課題」を見つけているのでしょうか。
谷尻 | シンプルに、「ないから作る」を繰り返してきただけです。自分が必要としているものが世の中に存在しなかったり、何か困ったことがあったら、それが自分にとっての課題になります。例えば最近は、自然環境を生かしたネイチャーデベロップ事業を行う「DAICHI」という会社を立ち上げ、キャンプ場の運営を始めました。コロナ禍になって自分自身のキャンプに行く頻度が増えて、空いているところを探したりサウナがついているところを探したり、「もっとこうだったら良いのに」と思うことが積み重なっていたんです。でもいざ「自分で自分が欲しいキャンプ場を作ろう」とすると、次に資金面の課題が浮上しました。キャンプ場が稼働しない平日や冬場は売り上げが立たないから人が雇えない。人が雇えないと管理が出来ない。その課題について考えていたときに、“ゴルフ場の会員権にはみんな先にお金を払っている”ということに気が付いたんです。 |
---|
――なるほど。それがこのプロジェクトを実現した「仕掛けのもと」ですね。
谷尻 |
ゴルフの会員権のように、そのキャンプ場の会員でいることを価値化できれば購入する人はいるはずだと考えました。僕が目をつけたのはテントが15張り程度の小さなエリア。例え1泊1万円取れたとしても、全て埋まって1日15万円の売り上げです。キャンプ場の稼働は週末がメインだから「×4日」として、1ヶ月で60万円。冬場も含めて毎週末確実に埋まるとは限らないし、運営としてはかなり厳しい状況ですよね。でもそこで「サウナを作って、冬場も訪れたくなるキャンプ場にする」、「1日15組限定、基本会員制。会員権を持った人からの紹介者しか利用できないプライベート感を確約する」といったブランディングをする。さらに、入会金50万円、月額10万円だけど、自分が使わない時は1泊3万円(手数料30%程度)で知人に貸し出すことができる。月5泊程度貸し出せば自分の月額分が補填されて、それ以上であれば収益があがるというビジネスモデルを構築しました。運営側の利益は設備投資にまわして、どんどん良いキャンプ場に育っていくという仕組みです。 |
---|
ーー設備やサービスだけでなく、運営の仕組み自体から新しいものを作っているのですね。今のお話は、ご自身から発信されるプロジェクトについてでしたが、建築家はクライアントがいるお仕事です。クライアントワークでは、どのように「課題」を見つけているのでしょうか。
谷尻 | まずは、「どうしてだろう」とクライアントからのオーダーを疑うことから始めます。例えばファッションブランドのクライアントから店舗設計の話をいただいたら、依頼通りに作り始める前に「ブランドが店舗を持つ意味」から考え始める。そうして「ブランドの成長を促すためには、現時点でそのブランドに興味を持っていない人に目を向けてもらうための空間を作ろう」と自分で課題を立てるんです。 |
---|
依頼を根本から疑うことから、プロジェクトは始まる。
ーー疑うことから始めるという方法論は、これまでの経験から導き出したのでしょうか。
谷尻 | 単純に、僕自身の性格がひねくれているというのはありますね(笑)。あとは、2011年から続けているプロジェクト「THINK」の影響も大きいです。「THINK」は、広島オフィスの3階にある「名前のない部屋」というスペースを使って、毎月ゲストを迎えて様々な企画を行なうプロジェクト。料理人が来て料理を振る舞ってくれたときはこの場所がレストランに、ミュージシャンが演奏すればライブハウスに……、軸には、“行為が空間に名前を付ける”というコンセプトがあります。この「THINK」での取り組みを通して、席を並べて食事した瞬間にその場所はレストランになるのに、飲食店の設計を頼まれたときになぜ「飲食店っぽいもの」を作ろうとするのだろうという課題に気が付いた。それから依頼ごとにその根本を疑うようになりました。 |
---|
ーーご自身で「課題」を見つけるときに何か足がかりにしていることや、よくやっている「課題の立て方」はありますか。
谷尻 | みんなが反対することや、まだ世の中になさそうなものにあえて挑戦することですね。僕自身は大学にも行っていないし、勉強も大してしてこなかったコンプレックスが根底にあるんです。でもドラマやアニメだって主人公は大抵ポンコツ。その方が自分自身を投影しやすい人が多いからじゃないでしょうか。僕も「落ちこぼれのポジションからスタートしてやろう」という気持ちがモチベーションになっています。だからこそみんながやっていることと同じようにやるのではなく、あえて「反対されること」をやるんです。 |
---|
ーー現実世界では、「反対されること」には反対されているだけの理由があると思うのですが、それはどうやって突破してきたのでしょうか。
谷尻 | まずは、“やること”です。なぜなら、ほとんどの人はやらないから。僕は「アイデア自体には価値がない」と思っています。世の中に新しい発想ってもうそう残っていなくて、アイデアなんて誰でも思いつく。だからみんな本を読んだりして触発されて頑張ろうとするじゃないですか。でも、実際に実行に移す人は一握りです。僕の場合はまずやってみます。行動すれば問題点が見つかるから、それを解決してだんだんゴールに近づいていく。そうしてやっとかたちになったときに初めて、そのアイデアが価値化する。だから誰よりもはやくかたちにしたいと思っています。 |
---|
ーーアイデアを価値化する最中にうまくいかなくなったときに、見切りをつけることはないのですか。
谷尻 | あまりないですね。うまくいかなくなったところで終えずに、どうやったらできるかをずっと考えています。一生懸命やってつまづく問題は、きっと誰がやってもそうなるもの。だからこそ、自分が一番に解決したい。 |
---|
少し先の未来を見つめ、それを実現するために。
ーー挑戦していくときの、自分なりのルールや美学はありますか。
谷尻 | “分類されたら終わり”だと思っています。1つの分類の中に5つの選択があると、選ばれる確率は2割になります。でも分類されないポジションにいればコンペティターが少ないから、選ばれる確率は上がる。例えば「Hotel Koe」のプロジェクトでも、コンサルティングの方からは、100平米のVIPルームを作って1泊8万円にしておけば、稼働率70〜80%で確実に利益が出ると言われました。でもその価格帯だと、たくさんのライバルがいる。だからワンフロアで1泊25万の特別な部屋を作ることにしたんです。東京の中心に位置している立地を生かして、ターゲットも旅行者だけでなく、イベントスペースやスタジオとしても利用できるような設計にしました。アイデアを実装させるときには、設計者としてではなく、自分がお客さん側に立って、「自分だったらどんな場所を利用したいか」、「何にだったらお金を気持ちよく払えるか」と自分自身の能動性が喚起されることを大切にしています。 |
---|

谷尻 | 「任せること」ですね。あまり指示を出すのは好きではありません。一緒に働くスタッフには「自分はこう思うけど、どうですか」という、イエスかノーで答えられる問いにしてくれれば返答やそこからのアドバイスができるけれど、「どうしましょう?」という問いをやめてほしいと伝えています。考えずに質問されてしまうと、自分がやった方が早いし、僕が答えを出してしまうと僕に聞けば答えが出るというルーティンにハマってしまう。チームとして一緒にやる人に求めるのは、熱量ですね。最終的にはその人を見て、熱量があれば一緒にやりたいと思えます。仕事をしていて楽しいなと思えるのが、僕にとっての良いチームです。 |
---|
ーーチームの中でのご自身の役割は何だと思いますか。
谷尻 | 少し先の未来を考える役、でしょうか。あとは自分の会社には、できるだけ自分がいない方が良いと思っています。会社に社長がずっといる会社って、未来が生まれてきそうにないじゃないですか。自分自身があちこち出かけていって、色々な発見をしてくることで未来ができていくものだと思っています。あとはやりたくない仕事はやらない。つまらない仕事を受けると、僕だけじゃなくスタッフがつまらない時間を過ごすことになる。そんな環境ではクリエイティビティは生まれないと思うんです。 |
---|
写真:猪原悠
※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。