FEATURE 2022.07.13

プラットフォームはチョコレート。チームと外を繋げてそれぞれの化学反応を起こす。ー「Minimal – Bean to Bar Chocolate – (ミニマル)」 代表 山下貴嗣

 山下貴嗣さんは前職を退職後、Bean to Barのチョコレートブランド「Minimal - Bean to Bar Chocolate -」を立ち上げた。Bean to Barとは、カカオ豆の仕入れから製造までを一貫して行うチョコレートづくりのことだ。退職後に初めて”ものづくり”の世界へ飛び込んだ山下さんが、ブランドを広げる中で感じた「仕掛けの素」に迫った。

Bean to Barチョコレートでカウンターカルチャーを。

ーー前職は人事コンサルティングの仕事をしていたという山下さん。Minimalを立ち上げた経緯について教えてください。

山下

 「30歳までに何かがしたい」という思いから、29歳で前職を辞めました。私は世界を旅することが好きだったので、いろんな国へ行きましたが、その度に日本人のきめ細やかな、ものづくり精神に魅力を感じていたんです。しかし、少子高齢化社会の日本では人口が減る一方。量で世界と勝負することが難しくなったときに、日本人特有のきめ細やかさや、1つの物事を深堀りする精神を活かして、質で勝負すべきだと考えました。そこで自分も、ものづくりを通して世界にインパクトを与えたいと思うように。

 何か自分でものづくりをしたいと考えていたときに、スペシャルティコーヒーという文化が新しいカウンターカルチャーとして広まったことを思い出しました。僕は元々コーヒーが好きで、当時世界中で広がっていくムーブメントを目の当たりにしていたんです。そのときにBean to Barチョコレートの存在も知り、コーヒーと同じようにカルチャーとして広まるだろうと思っていました。しかし、チョコレートは当時世界中を見渡してもプレイヤーが少なく、「自分がきっかけとなったら面白いんじゃないか」と気づいたんです。

 そこからチョコレートについて調べていくと、原材料のカカオ豆は赤道直下で収穫され、1度発酵させてからチョコレートになるということを知りました。日本のお家芸でもある発酵の技術を応用できるところも惹かれたポイントです。チョコレートは西洋の文化なので、原材料に油や砂糖などを足して味を整えます。しかし、これを日本に落とし込むならば、日本食のように引き算して、素材であるカカオ豆の味や香りを表現するのはどうだろうか。そうしたやり方でチョコレートを作っている人はこれまでにいなかったですし、イノベーションを起こせるのではないかと感じたことがMinimalを立ち上げたきっかけです。

<山下さんがDIYしたという壁面は、Minimalの人気商品である板チョコレートがモチーフになっている>

ーー日本特有のものづくり精神を活かしたいという気持ちが、Bean to Barのチョコレートづくりに繋がったんですね。ブランド立ち上げの際のハードルは何でしたか。

山下

 正直、全てがハードルでした。いきなり製造小売•飲食業界に飛び込んだので、お店やブランドを立ち上げるには、何をしたらいいか全く分からなかったです。誰も教えてくれないから独学で店づくりを学び、外の外壁も僕の手で作るなど、全部自分達で必要なことを考え、色々試していく日々を送っていました。

「長期的にいいものを作りたい」という思いを、そのときから今でも変わらずに大切にしています。ブランディングも大切ですが、私たちのビジネスの根幹は”ものづくり”。プロダクトを品質的に良いもの、個性的なものにしたい深掘りの精神は1ミリもブレていないですね。

ー独学で色々試していく中で、ご自身の発想に影響を与えたものはありますか?

山下

 私の場合は、ものづくりに熱心に取り組み、文化をつくっている人でした。例えば、「丸山珈琲」の丸山さんは僕の師匠のような存在です。彼は20年以上前からコーヒー豆の産地に行き、スペシャルティコーヒーを日本に広めていました。1つのカルチャーを続けている人たちと話すことで、彼らが紡いでいる美意識に触れるのはすごく刺激的でしたね。

 もちろんそれはカカオの生産者についてもそうです。「自分達が作ったカカオ豆を最大限の美味しさで味わってほしい」というモチベーションを聞くと、自分も頑張ろうと思います。

1かけらで気持ちが変わるきっかけを作る。

ーーMinimalのチョコレートのこだわりを教えてください。

山下

 私たちのチョコレートのほとんどは、カカオ豆と砂糖だけでできているので、カカオの味がダイレクトに伝わりやすいです。僕たちは、原産地である赤道直下の国々へ足を運び、生産者と話しながら本当にいい豆かを自分の目で見極めています。カカオは、焙煎温度や挽く粒度、砂糖との割合によって大きく味を変えるので、カカオの味をどうやって最大限引き出すかというところが僕たちの役割。

 私たちが目指すのは、ほんの1かけらで気持ちが変わるきっかけになるチョコレート。みんな何かしら日常にストレスを抱えていたり、感情の波があって毎日を生きていると思うんです。そうした中で、チョコレート1かけらが機嫌を変えられるきっかけになればとても素敵だなと思っています。

 もし、人々の心に「チョコレートと言えば、Minimal」という思いが生まれると、Minimalというブランドができたということ。そうして、誰かの心の中に色を塗るのがブランディングだと思っています。こうしたインタビューもそうですし、いろんな人にMinimalの側面を見てもらって、少しでも色を塗りたいですね。


チーム1人ひとりがチーム内での化学反応を起こす。

ーーMinimalは現在、アルバイトも含めて50人弱のチームで動いています。チームの動きで意識していることはありますか。

山下

 1つは、「遠心力」という言葉を意識しています。真ん中の根っこは同じだけど、みんなが外に翼を広げ、遠心力で球を描くようなチームでありたいです。いろんな人にブランドを知ってもらうという意味で、球の表面積は大きければ大きい方がいいです。そのために、さまざまなバックグラウンドを持っていたり、プロフェッショナルで腕を磨いてきた人など多様性が大切。もちろん、同じ根っこを持っていないと綺麗な球体にはならないですけどね。

 もう1つ意識していることは、1+1=3にするということです。僕たちはチームのあるべき理想の状態を「素数によるチームケミストリー」と呼んでいます。各々が1以外で割り切れない個性的な素数のように、自分にしかできない価値を出せる人になり、相乗効果が生まれるケミストリーを起こそうと。個性がぶつかり合ってマイナスになることもありますが、1人ひとりがチームで化学反応を起こし、1+1を3以上にしないといけないという話をよくしています。

ーーチームを運営、維持するときに大切にしていることはありますか?

山下

 他人に優しくなることです。もちろんみんないい人なので、一生懸命に働くのですが、他部署との利害関係の不一致が起こる時もあります。そのとき、一生懸命になればなるほど、自分の意見を押し通したり、相手の立場で考えることができなくなってしまうんです。しかし、相手は自分の敵ではなく味方。ちょっと一歩引いて優しくなることでより強いチームになれると思います。

 私たちは、店舗のサービス、ショコラティエやパティシエなどのものづくり、それを支えるビジネスと3つのチームで動いています。月に1度、アルバイトスタッフも含めた全員で勉強会を行っており、それぞれのニュースの共有や各部署署の行動憲章にふさわしい人を讃える「グッドスタッフ」の発表をしているんです。

 他にも月に1度、各部署ごとのリーダーが集まり、朝ご飯を食べて違う店舗の人たちと何気ないコミュニケーションをとる機会を設けています。製造チームに関しては、月に1度をメンテナンスデーとして、製造を全部止めて部署のチーム全員で、1ヶ月の出来事やチームの良いところと悪いところを話したりなど、細かく意思疎通の機会をつくっています。こうすることで、遠心力の根っこの部分の維持にも繋がりますし、1+1を3にできるような化学反応が起きやすくなると思います。


ーーMinimalでは、今後どんな挑戦をしたいですか。
山下

 今までカカオ豆と砂糖だけを使ったシンプルなチョコレート作りをしてきましたが、これからはもっと多様な表現をしていきたい。例えば、僕たちのチョコレートをレストランのシェフに見せたとき、「これはスパイスだね。だから食事の中の1品として使いたい」と言われたんです。それは、僕たちがチョコレートを作っていくだけじゃ絶対に出てこない発想。飲食業界に関わらず、ものづくりをする人と繋がることで、外部との化学反応にも繋がります。

 チョコレートは嫌いな人が少ない食べ物です。だからこそ私たちと違う業界の様々な人とを繋ぐプラットフォームになりやすい。そうして出会った人に触れて、化学反応を起こすことで、自分たちの技術の幅を広げていきたいと思っています。その度に力不足を感じる時もありますが、それが面白い。僕は、チョコレートを通して外部と繋がり、それをチームに伝える架け橋のような存在でありたいですね。

写真:猪原悠

※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。