FEATURE 2022.02.01

ユニークな情報と分析で、意義ある方法論を導き出す。 ―ビジネスデザイナー 佐々木康裕

大学卒業後、商社を経てアメリカへ留学。「デザイン思考」を学んで帰国した後、デザイン・イノベーション・ファームTakramで“ビジネスデザイナー”として活躍する佐々木康裕さん。鋭い分析力で時代を先読みし、2020年には“D2C”、2021年には“パーパス”と、ビジネスやクリエイティブにおいて重要なキーワードにいち早くフォーカスし、書籍を出版した。業界を超えて注目される彼の言葉は、どんなストーリーを辿って紡ぎ出されているのか。

商社を辞めて、ビジネスのフレームワークを求めてアメリカへ。

ーー“ビジネスデザイナー”という肩書はまだ日本では聞き慣れない言葉ですが、どうしてそう名乗るようになったのでしょうか。今のお仕事に至る経緯をお聞かせください。

佐々木

学生時代は写真をやっていて、ゼロからの物づくりには興味がありました。進路を考えているとき、知人に「ゼロからビジネスを作るのも面白いよ」と言われてビジネスの立ち上げに興味が湧いて、卒業後は総合商社に入社し、いくつかのプロジェクトの立ち上げに携わるようになります。なかには様々な理由で頓挫してしまうものもあるわけですが、そこで「より再現性が高いフレームワークがあるのではないか」という課題が生まれました。真剣にその課題を学びたいと思い、イリノイ工科大学デザイン大学院で“デザイン思考”という学問を学べると知り、留学を決意しました。それが今から10年ほど前ですね。

佐々木

留学先では事業を作る方法論を勉強する日々で、実践的な内容も学びました。冬休みには、とある日本企業の仕事を個人で引き受けることに。その企業のプロタクトを対象に、アメリカで売り上げが向上しない理由をリサーチしてプレゼンテーションするといった内容でした。結果、クライアントにも喜んでもらえて、自分が学んだことを基に企業からの依頼に対応できたその経験で自信が付きましたね。当時の日本ではまだデザイン思考やサービスデザインの概念を取り入れている会社はそう多くはなかった。帰国してTakramに入社しますが、当時はTakramのビジネスモデルBTCTakramがイノベーションを起こすために必要と考えているビジネス、テクノロジー、クリエイティブの3つの要素)のうち、テクノロジーとクリエイティブがメインの時代でした。そこで僕が入ることで、ビジネス×テクノロジーやビジネス×クリエイティブの領域で役に立てればと思ったんです。海外では僕のような動きをする人はストラテジストと名乗ったりするのですが、日本では浸透していない言葉でわかりづらいということで、Takramの代表・田川欣哉とも話をして「ビジネスデザイナー」と名乗るようになりました。

プロジェクトにソーシャルサイエンスの観点を取り入れたい。

ーーTakramには、ビジネス・テクノロジー・クリエイティブと各領域のプロフェッショナルがいらっしゃいます。そのなかで“ビジネスデザイナー”の佐々木さんはどんな役割を担っているのでしょうか。

佐々木

プロジェクトリーダーを担うことが多いのですが、自分では“文系全般”が役割だと思っています。ビジネス的な観点だけでなく、政治学や社会学、歴史学や文化人類学なども含むソーシャルサイエンス的な観点もプロジェクトに取り入れていきたい。つまり、財務モデルを使って売り上げ予測をして数字でロジックを立ててコミュニケーションするだけではなく、どうしたら社会に意義があるプロジェクトやプロダクト、ブランドになるかを考えて、サービスに取り組んでいきたいんです。

ーープロジェクトが始まるときに、何を課題として着目していますか。

佐々木

様々な角度で、そのプロジェクトの価値を探るようにしています。何かプロダクトを作りたくなったとき、そもそもそのプロダクトがどんな○○的価値を持っているか。○○には機能や情緒、歴史など様々な答えが入りますが、その要素が多ければ多いほどプロダクトのサービスが強固になる。だから要素をできるだけたくさん穴埋めするのが最初の課題です。レーダーチャートの面積を大きくしていくイメージですね。

佐々木

例えとして、中川政七商店のmottaというハンカチブランドのリブランディングのお話をさせてください。中川政七商店とTakram協業のパイロット版として取り組んだ事例です。2013年に同社からデビューしたmottaは、手を拭うための使いやすいサイズ感や乾きやすい素材という、機能的価値で訴求していました。もともと累計160万枚売れていたブランドですが、時代の変化にあわせて見直すべく、情緒的な価値や文化的な価値を強化してブランドを構築していこうと考えたんです。僕自身ハンカチが好きで十数枚持っていて、毎朝出かけるときに一枚選びます。その時間が、自分の気持ちに向き合う時間になっていることに気が付き、ハンカチの瞑想的な役割に着眼して、香りと合わせて販売するアップデートを加えました。ハンカチ専用の香水を“ハンカチパフューム”として販売し、ハンカチのある暮らしを提案するメディアもローンチ。ハンカチのデザインやロゴ、ウェブサイトやメッセージをそのロジックに合わせて変えていきました。結果として、ハンカチブランドとして確かな価値を築きはじめています。

感覚やセンスに頼らない、分析力の鍛え方。

ーー情緒的な価値からブランディングを組み立てていったんですね。すごくクリエイティブな作業という印象を受けますが、佐々木さんは過去のインタビューで「自分自身はクリエイティブな人間ではない」とおっしゃっています。

佐々木

自分自身、「これっておもしろいよね」と感性やセンスというものでスパークすることはあまりない自覚があるからですね。フレームワークに依存しています。これは否定の意見もあるはずですが、パターンマッチングである程度は新しいビジネスモデルも考えられる。過去のパターンから学べることはすごく多いです。だからこそ、ユニークな情報を得ることとそれによる分析を、大切にしています。その作業の結果、もしかしたら他の人からはクリエイティブに見えるのかもしれないですね。でも自分では分析的にやっているので、それがクリエイティブであるという自覚はあまりないんです。

ーーその分析力を鍛える方法は何かあるのでしょうか。

佐々木

プロダクトを作る人がそのプロダクトを理解するために分解することがあるように、僕はビジネスモデルも分解できると思っています。今も刻々と新しいサービスが生まれているじゃないですか。興味を惹かれるものがあったら、それに関して情報を集めて自分なりに分析してみる。非公開ですが、そうして書き溜めているテキストがたくさんあって、それが僕の基礎トレーニングです。

ーーチームを構成するときに、大切にしていることはありますか。

佐々木

プロジェクトごとにチームを構成しますが、役割分担はあるようでなくて、渾然一体とした取り組みになることも多いです。mottaの時も、ハンカチの価値を考え直す作業や価値を体現するプロダクトの発案はチームで考えました。そこから先はそれぞれの専門領域に分化していくのですが、一方でまたブランド全体のトンマナを詰めていくときには各領域が協力して進めました。

ーー佐々木さんにとって、良いチームとはどんなチームでしょうか。

佐々木

良い意味で否定されたり、裏切られるチームが良いと思っています。それは僕にとってだけではなく、チームを構成するメンバーにとっても。例えば、アートディレクターが「こういう風にブランドを作る」と考えたとしても、別の領域からの視点が入って思いも寄らなかったことが起きると、個人のスキルも拡張されるし、全体の価値観もアップデートされます。専門性を持ち寄るメンバー構成が好みですが、それぞれスキルがあればあるほど、過去の引き出しから寄せ集めたものでもある程度のものができてしまう。だからこそ、そのチームのコラボレーションがなければ起き得なかったことと出会いたいんです。

自分や社会に、新しい文化の種を撒き続ける

ーー最近のお仕事の中で興味深いのはどんなことでしょうか。

佐々木

Takramとは別にLobsterrという、世界中のメディアから新しい文化の種を拾うメディアプラットフォームの会社をやっています。諸外国の価値観を仕入れて、自分の既存の価値観に揺さぶりをかけるという活動は常にやっていることですね。他の案件でも、5年後、10年後のビジョンを考えたり、“コンセプトを作るための土台”を考えるような仕事をしています。企業がブランドを作るうえに必要な思考OSをアップデートするために、勉強会やディスカッションを行なって、グローバルな視野を取り入れてもらう取り組みです。僕が興味を持っているのは、変化する消費者の価値観やリテラシーに対して、企業がどうリアクションをとるべきかです。

 

これからのブランディングには、余白がいるのだと思います。完成させた絵を額縁に入れて売るのが旧来のブランディングだとしたら、これからはブランド側がキャンバスを完成させずに余白を作る必要がある。コミュニケーションを通じて、顧客と一緒に描いていくことが重要なのではないでしょうか。

 

写真:猪原悠

※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。