
聞き続けると金言のような言葉に出合える
ーー美大を出た後、〈スープストック〉などを運営するスマイルズへ入社されました。それはなぜだったのでしょうか?
木本 |
幼稚園の頃からクリエイティブの仕事がしたいと思っており、武蔵野美術大学の空間演出デザイン学科へ入学しました。当時、インテリア事務所でインターンをしていて、ある企業の新業態のインテリアを考えることになったのですが、お店のコンセプトそのものに疑問を感じて。「もっとこうしませんか?」とクライアントさんに提案すると、「企画は他の人がやってるので、インテリアのほうをお願いします」と言われてしまった。かっこいい空間を作っても、中身が伴っていないと失敗する。それがわかっているのに携われないことが悔しくて。当時は、自分がしたい仕事は事業が生まれるところからコミットしないとできないと思ったんです。今はそんなこともないと分かるのですが…。それで、スープ屋もネクタイ屋もセレクトリサイクルショップもやっている事業会社であるスマイルズであれば、自分がやりたいことができそうだと思って入社しました。 |
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ーー入社後、すぐにクリエイティブの仕事を?
木本 |
いいえ。まずは〈スープストックトーキョー〉と〈100本のスプーン〉という2つの飲食店で接客業を経験しました。とはいえクリエイティブのポストを目指していたので、通常業務が終わったあとに毎晩企画書を作り、社内各所に提案し続けて、ということを繰り返していて。1年半後ようやくクリエイティブの部署に配属されました。その3年後クリエイティブディレクターになり、社内外のブランディングやクリエイティブディレクションを担当。その頃、コロナをきっかけに外部の方から直接仕事の依頼をたくさんいただくようになって。それを機に独立を決め、2020年7月に「HARKEN」を起業しました。仕事内容は独立前と変わらないですが、ブランディングの手法をより自分らしく、傾聴の時間をさらに重視するようになりました。 |
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—— 傾聴を大事にするのはなぜでしょうか?
木本 |
私のブランディングは、クライアントやチームの一人ひとりの話を聞いて、そこからキーワードを抽出して言語化し、コンセプトを組み立てるというやり方をとっています。それはつまり、当事者がすでに持っている魅力を掘り起こして、その価値を見えるようにすること。そのためにはとにかくヒアリングするしかない。聞き続けると本人は何とも思っていないようなことが実は大切な金言であるといったことが見えてきます。そうして様々な人の話を聞いていると、表現は違えど共通のエッセンスや方向性を持っていたりする。そういったキーワードを複数洗い出し、それらを包括するコンセプトを編んでいく。すると、ブランドの一貫したひとつの物語が形となり、関わる人全員が共通の認識を持ちやすい目印のようなものが象られます。 |
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—— 作るものに“自分らしさ”はどう出ていると思いますか?
木本 |
ヒアリングした言葉は自分のフィルターを通るので、意識しなくても自分らしさは出ます。たくさんの人に傾聴し、たくさんの大切な言葉が出てきた上で、どの言葉をセレクトしてストーリーを組み立てるかはやはり私の判断なので。デザインを提案する時も最初に作ったコンセプトからイメージを膨らませるので、自ずと自分らしさは宿ると思っています。 |
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自信を持って「こっちだよ」と言う。
木本 |
クリエイティブディレクターの仕事は、みんながわからない時に自信を持って「こっちだよ」という仕事だと思うんです。正解がまだわからなくても、仮説を立てて「こっちに行ってみよう」と自信満々に言う。一つの方向に向かって自信を持って動けるチームは強くなる。その状態を作るのが私の役目だと思っています。 |
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ーー木本さん自身、迷ったり、わからなかったらどうしますか?
木本 |
わからなければわからないなりに暫定的な答えを決める。そして、進んでみて間違ったと気づいたら「ごめんなさい、こっちでした」とちゃんと謝って戻る。でも、それが間違いだということは、行動し実際に間違ったからわかったこと。意味はあるんです。そうやっていつも、とにかく自信を持って旗を振るように心がけています。 |
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木本 |
2年前、立ち上げに関わったベンチャー企業のクライアントさんから学びました。その方は「いいものはいい、ダメなものはダメ」という人で。いいものを作り上げるためのジャッジがすごくクリアなんです。時間もお金もかけて撮影した写真でも良くなければ絶対に使わない。また、昨日いいと言っていたものも今日になったらダメになることもあって。そうした“ひっくり返し力”は彼から学びました。 |
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ーーひっくり返されるってものすごく消耗すると思います。なるべくひっくり返されないために気を付けていたことはありますか?
木本 |
私は何度ひっくり返されてもいいと思っていて。一見遠回りしているように思えますが、ひっくり返したり、後戻りしたり、失敗するたびに、実はどんどん正解に近くなる。何がNGかがわかっただけでも大事な気づきです。一番怖いのはNGがよくわからないままなんとなく進んでしまうこと。揉めれば揉めるほど深みのあるプロジェクトになっていると思うし、むしろ、衝突しないことのほうが問題。お互い本音で言い合って、喧嘩して、失敗して、そういうことを重ねることではじめて、いいものはできると思います。 |
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木本 |
依頼をくださった方に愛と意思があるかどうかです。“上司や創業者に言われているから渋々やっている”という人とは良いものが一緒に作れないので断ります。逆に業種は関係なく、愛と意思を感じたら何でもやりたい。老眼鏡でも男性用靴下でも何でも興味を持てるのが自分の才能だと思っていて(笑)。誰かの主体的な企みに対して本気で乗っかって熱くなれる便乗力があるんです。 |
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ーーその才能はどうやって身につけましたか?
木本 |
昔から映画の予告編だけで泣けるぐらい想像力が豊かで、あれこれ妄想してしまうんです。素敵な老眼鏡があれば、視力に悩みを抱えていたとある誰かがピアノの楽譜が読めるようになって、昔やっていたピアノを再開して、その音色に癒される人がいて…って、そんなことを妄想したら楽しくなる。他人の事情を勝手に想像してワクワクする力が人一倍強いんだと思います。 |
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感動をアウトプットすることでインプットできる。
ーーご自身のブランディングはどう考えていますか?
木本 |
自分の興味や好きなことを何度も言い続けるように心がけています。私は旅やホテル、植物、自然が好きなので、ふだんからそういったことを言語化したり、写真を撮って残している。それを見た人が「木本さん、旅が好きそうだからこの仕事をお願いしようかな」と思ってもらえるかもしれない。数年前にTwitterで何気なく呟いた一言がきっかけでオファーをいただきお仕事をご一緒している方もいます。 |
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木本 |
インプットをする人は多いですが、大事なのはそれと同時にアウトプットすること。たとえば「お団子がおいしい」と思ったら、その団子の起源から調べると気づきがある。それをメモや日記で言葉に残すことで、自分の体に染み入ってストックできる。たくさんの映画を見ても、何度旅に出て感動しても、ストックしない限り何もしてないことと等しい。とはいえ大半の人はいちいち調べないから、それだけでもいつの間にか差がつくと思います。そして、感動のストックは定期的にSNSなどに投稿もしています。ものの良さを広める仕事をしているので、どうしたらこの感動が伝わりやすいかと考えながら投稿文を作る時間はとても楽しいです。そんな投稿の保存数が多いと「伝わってるかも」と手応えを感じられますね。 |
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ーーHARKENは案件の内容によって都度チームを編成するそうですが、チームを作る時に意識していることは何ですか?
木本 |
HARKENには業務委託のプランナーとアートディレクターがいて基本的に三人体制。映像作家や写真家、ライター、イラストレーターなどは案件ごとに適宜入れています。チームは固定せず、目の前のプロジェクトに最適なメンバーを毎度考えて、常に変わりゆくフラジャイルな共同体を目指したい。だから、いつも新規開拓して、チームの新陳代謝を良くしています。 |
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木本 |
Twitterやインスタグラムで人を探して、良い人がいたらDMや問い合わせフォームから連絡して、仕事を依頼しています。最近ご一緒するのは、いつもお声がけするクリエイターチームと新しい人たちと、半々くらいの割合です。 |
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自分のブランドを持っている人のクリエイティブには切実さがある。
ーークライアントワークだけでなく、自身で事業を行うのはなぜでしょうか?
木本 |
スマイルズ在籍時から自社事業と外部案件を両方やっていて、そのバランスがすごくよかったんです。自分でブランドを抱えている人のクリエイティブには切実さがあるし、説得力がある。必死だから、クライアントも真剣に話を聞いてくれる。スマイルズにいた時、レストランを作りたいというクライアントに「こういうオペレーションじゃダメですよ」と言えるのは、スープストックでの経験があったから。ただ、独立して自分のブランドを持ってないのに、ブランディングの仕事している自分が浅はかに思えてしまって。自分で物作りをしたいと思っていた時、友人の古谷さんが以前より温めていた企画に誘ってもらい、二人で「日本草木研究所」を立ち上げたんです。自社事業とクライアントワークを並走させる状態は人によっては中途半端に捉えられるかもしれないですが、私にとってはむしろ自然なことなのかもしれません。 |
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木本 |
変わります。自分でお金を出し、在庫を抱え、物を売っていると、机の上で考えてかっこいいものだけ作っても売れないということがよくわかるし、ポップアップで直接接客したり、クレーム対応もしたりして、ユーザーから生の声も聞くこともできます。事業者として辛辣な言葉をいただくとショックを受けることもありますが、クライアントワークだけをしていたら絶対にわからないことがある。それは外部のクリエイティブの仕事にも必ず生かされます。一方、外部の仕事をすることで客観的につくる冷静さも保てる。そういうふうにいろんな視点、いろんな解像度を持って取り組めるのは意味のあることだと感じています。 |
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取材・執筆:浦本真梨子
写真:猪原悠
※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。