FEATURE 2022.03.08

うまくいっていないときほどワクワク。 直感を信じて進んだ先に結果がついてくる。ー経営者 中野善壽

熱海のシンボルとして長年親しまれていたホテルニューアカオは、2021年10月に「ACAO SPA & RESORT株式会社」に社名を変更。同社は2021年に、熱海の魅力をアートで再発見すべく、アートプロジェクト「PROJECT ATAMI」を発足。同年に熱海市内全域で開催したアートイベント「ATAMI ART GRANT」は、延べ5万人を動員し、広く注目を集めた。仕掛け人は、”経営再建のプロ”の異名を持つ中野善壽さんだ。「オンリーワンで、誰もやっていないことをやりたい」という本人の言葉の通り、その経歴や実績は異端。困難と思われることをやってのけられるのはどうしてか、本人に話を聞いた。

企業がその地域で果たすべき役割を果たした先に、再生がある。

ーー伊勢丹に入社、その後、鈴屋で新規事業や海外進出を実現した後に、おひとりで台湾へ。力覇集団百貨店部門代表、遠東集団董事長特別顧問及び亜東百貨COOなど錚々たるキャリアを歴任し、寺田倉庫の代表に就任。退任後の2021年にホテルニューアカオの再建に参画されています。経営再建に着手するとき、課題はどういったところに見つけるのでしょうか。

 

中野

「企業の再生」は、企業そのものを再生してもうまくいかないものです。企業がその地域でどういう役割を分担しているかを考えないと、本質的な再生は成り立たない。例えばHOTEL ACAO のプロジェクトでは、周辺を取り巻く雄大な自然環境を含め、その地域の魅力や資源を知る為に「ビジュアルブック」を作りました。その上で、自分たちの企業の役割を考える。このプロセスが実に重要です。


例えば、弊社が有する土地と不動産は、熱海の旧市街地と同じくらいの面積があるんですよと言われても「だから何?ただの山でしょ?」となり、そこから生まれるものは何もありません。でも、それが、山や海を臨む得がたい環境にあり、その美しさと魅力が可視化されていれば、その環境と資源を最大限に活かせば何かできるかというのは、おのずとわかる。そう考えています。

ATAMI ART GRANT, art work by Takeshi Yasura, photo by Naoki Takehisa


ATAMI ART GRANT, art work by Masahide Matsuda, photo by Naoki Takehisa

ATAMI ART GRANT, art work by Koichi Mitsuoka, photo by Naoki Takehisa

ATAMI ART GRANT, art work by vug, photo by Naoki Takehisa

ATAMI ART GRANT, art work by Shinjiro Watanabe, photo by Naoki Takehisa

ーープロジェクトに着手するときには、どういったところに課題や目標を見出すことが多いのでしょうか。

中野

僕は課題や目標について考えることはありません。寺田倉庫の仕事を始めたときも、熱海のプロジェクトでも、僕はただ敷地をウロウロして一番良いところに座って、毎日そこにいるんです。そこで、「この場所の価値を上げるにはどうしたら良いかな」と考えていました。ただ、それだけ(笑)。企業や物事にはバランスシートからは読み取れない価値が隠れていて、それをどう表現するか考えるのが大切です。どうやって価値をつけるかが決まれば、あとは行動に移すだけ。もう迷わない。そのためには、自分がその場所に身を置いて肌で感じることです。

好きな仲間がやりたいことをバックアップするのが経営者の仕事。

ーーそのような考え方や、実際に価値を見つけて明確にする能力は、いつどのようにして養ったのでしょうか。

中野

僕自身は何か特別な能力があるわけではないですよ。大好きな人たちに一生懸命声をかけて、好きなもの同士でやれば良い仕事ができます。経営者には、資金と人材が必要です。必要なお金と必要な人材を集められるかどうかが、経営者の一番の仕事です。集まってくれた人に対して、彼らがやりたいことをどれだけバックアップできるか。それができれば、「企業の再生」は必ず実現するはずです。仕事は、自然に達成すべきもので、それ自体を目標にするものじゃない。みんながやりたいことを実現した後に残ったものが”結果”だと思っています。

ーー仕事における人間関係やチーム作りをうまくいかせるコツはありますか。

中野

人間関係で大切なのは、少しの我慢だと思いますね。自分をリーダーだと思ったことはなく、みんな”同僚”だと思っているのですが、人を束ねようとはせずに、ひとりひとりに話を聞いてチャンスを作ってあげるのが大切です。チャンスを作るというのは、好きなことができるように予算をつけて権限を与えること。あとは「決めたのは僕だから、責任をとるのは僕の仕事だよ」と言ってあげることです。実際は誰も責任なんて取りようがないんですけどね。その人たちのやりたいことに、自分も一緒になって苦労するのが責任の取り方です。でもそう言われると、少し気が楽になるでしょう。やりたいことをやりやすい環境を作るのが僕の仕事です。

ーー経営者になる前の中野さんは、どういう働き方をしていたのでしょうか。

中野

僕は5年間だけ、伊勢丹でサラリーマンを経験しました。今も変わらないかもしれないけれど、空気の読めないやつだったはずで、常識なんてものもなくて、ロクな社員じゃなかったはずですよ(笑)。マーチャンダイジングについても何も知らないから「勉強してこい」と3ヶ月海外に行くことになって、そのあとマミーナという子会社に異動しました。そのときから、前例があることはやりたくないと思っていました。オンリーワンで、誰もやっていないことに挑戦する。人との違いをどう作るかが大事。未知のものに出会いたいから、海外旅行や年の離れた人と話をするのが好きですね。これまで経由地も含めたら140ヵ国、ちゃんと旅をした国だけでも60ヵ国はあると思います。そんなふうにして歩きながら感じた閃きが、今も仕事のアイディアの根幹になっています。データというのは、”データ化”された時点で「過去」のものになっているわけじゃないですか。AIが分析するデータも、過去を参照して分析したうえで弾き出されるものですよね。人の直感が、それに劣ることはないと思っています。

うまくいかない時期は、成功までの過程でしかない。

ーー様々な経験がおありかと思いますが、今お仕事をするなかで一番ワクワクするのはどんなときですか。

中野

 

状況が良くない会社にいるときかな(笑)安定した順風満帆な会社だと、僕がやることはありませんから。毎日ハラハラしているときが、一番おもしろいですね。来た仕事は、引き受けるかどうか30秒で決めます。難易度ではなく、その相手を好きになれるかどうかですね。姿勢が悪い人からの依頼は、あまり受けないかもしれません。骨盤を立てて背筋を伸ばしてちゃんと座っている人がいい。健全な精神は、健全な身体に宿るといいますが、体の中がまともじゃないと頭も冴えないでしょう。そういう人とは一緒に仕事をしたいとは思えないですね。逆に一緒に仕事をしたいと思うのは、僕に期待してくれている人。「この人しかいない」と思ってくれている人で、その期待が大きければ大きいほど「やりたい!」と思います。

ーー自分の感性や直感を信じられるようになるには、どうしたら良いでしょうか。

中野

著書『孤独からはじめよう』でも書きましたが、孤独になって自分と向き合うことです。僕は毎朝5時には起きて、小さな鏡で自分の顔を見つめてじっと自分に向き合う時間を作っています。だいたい2時間くらい経つと、そのとき必要なものが見えてきて、チャレンジができる状態になる。仕事はライバルとの勝負ではなく、自分との勝負ですからね。

ーー経営が不振であったり、何かうまくいかない理由がある案件に取り組もうとするのは、人によってはリスクを感じるとも思いますが、中野さんは恐れはないのでしょうか。

中野

僕の強みがあるとしたら、それは「危機感を感じないところ」かもしれませんね。”失敗”なんてないと思っているんですよ。うまくいかない時というのは成功までの過程でしかないんです。成功しないのは、”やらない”から。前向きにものを考えないと、直感は生まれません。何を見ても「いける!」と思うのが大切です。その積み上げが自分の感性への自信になります。そう考えると人生だって、死ぬ10秒前まで成功したか失敗したかなんてわからないでしょう。全てが生きるための手段ですから、それが成功だったか失敗だったかなんてどうでも良いじゃないですか。

写真:本間加恵

※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。