CIPとは ファッション業界に携わり続けることで培った、Gravity独自のネットワークを強みとしたインフルエンサーサービス。Dear Andy.では、さまざまな分野で活躍する若手インフルエンサーに同年代の若手編集・ライターがインタビューをし、活動の仕組みや影響を与えているものなどをGravityならではの感度やセンスで紐解いていきます。 |

中村理彩子さん着用:『紅楼』黒と赤のリバーシブルドレス ¥59,800(税抜)
赤い絹の面と、黒い絹の面を持ち、前後を変えての着用が可能。様々な女性像を演出する物語と共に、ブランド初期にデザインを試みた一着。
デジタルファブリケーションから始まったファッションデザイナーへの道。
ーーデジタルデータを元に創作物を作成する技術である「デジタルファブリケーション(※)」を活用して、服作りを始めたという中村理彩子さん。デジタルファブリケーションに興味を持ったきっかけは何だったのでしょう。
※デジタルデータ化された文字や画像などをもとに、3Dプリンターやレーザーカッターなどのデジタル工作機械でものづくりを行う技術のこと。自分で作ったデジタルデータを、木材やアクリルなどのさまざまな素材から切り出して成形できる。
中村理彩子 (以下中村) |
ファッションは小さい頃から好きで、高校卒業後は大学でデザイン分野を専攻しながら、夜間は文化服装学院に通いファッションについてより専門的に学びました。そんなときに大学のゼミで出会ったのが、「デジタルファブリケーション」。自分の手では表現できないものをコンピューターの力で自由自在に作れると知ったときに、不器用な私でも服作りができるかもしれないと思ったんです。実際に使ってみると、手作業では困難な刺繍やプリントや木材を組み合わせたアイディアなどが実現できたのがすごく嬉しくて。そこから、「Techshop六本木」というデジタルファブリケーションのための施設に通うようになったんです。 Techshop六本木で大学では扱えないような機材や豊富な知識を持つ人々と出会え、それは私がファッションデザイナーとしての道を歩む転機となった。そんな背景から、デジタルファブリケーションを活用した服作りに没頭するようになりましたね。 |
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ーー中村さんは文化服装学院在学中に漆芸家とコラボレーションしたデジタルファッションの展覧会を開きました。どういう経緯で伝統工芸とテクノロジーを融合させることになったのでしょう。
中村 |
以前から工芸品の色や表現方法に魅力を感じていて、デジタル技術を使えば工芸とファッションの組み合わせも実現できるのではないかと考えました。そこで、色々な工房に電話をかけて協力のお願いをし、江戸時代から続く天然漆専門店の播与漆行さんが私たち学生10人の指導と監修、材料の返事を2つ返事で応じてくれたんです。播与漆行さんの若い世代を応援する心、漆の新しい未来を切り開くための情熱のおかげで無事に展覧会を実現できました。当時の私に工芸とデジタルの門戸を広げてくれたような存在ですね。
しかし、工芸職人の方々とデジタルファッションメイカーの私では、同じものづくりの立場でも担当する領域が全く異なります。例えば、湿度や温度が工芸作品に影響を与える一方で、デジタルは外的要因に左右されない。そうしたギャップを理解し合いながら一緒に作業するのは難しかったポイントですね。当時、先方への理解や配慮は全くできていませんでしたにも関わらず、非常に丁寧に寄り添ってくれました。自分もいずれはそんな存在になりたいです。 |
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自分なりの“美”と向き合うことがブランド立ち上げに繋がった。
ーー大学卒業後、デジタルファッションメーカーとして展示会などを行っていた中で、デジタルファブリケーションを取り入れないドレスブランド「YOLK」を立ち上げた経緯を教えてください。
中村 |
実はYOLKにもサンプルや表現に3DCGを活用するなど、デジタルは活用されています。しかし、確かに最近は、YOLKの中の衣装製作や空想世界の再現に使うことが多いです。 |
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『Mikage – 女の体は影だけ』2022.Risako Nakamura, 3DCG
@Dress X で販売中の、Risako Nakamuraのデジタルウェアラブル。
中村 |
今まではコンピューターの力を使い、人が普段着ることを前提としない衣装ばかりを作っていました。しかし、コロナ禍でファッションショーや展覧会などが無くなり、社会との繋がりが減ったときに、服を着てもらうことで私が思う「美しい女性像」を共有したいと考えるようになったんです。そこで「商品を売る」という責任を伴う行為を経験しようと考え、夫と共に「YOLK」を立ち上げました。
日本の女性には、西洋とは違うオリジナルの美しさがあると思っています。それは、目の形や肌の色などの外見的なものではなく、日本の方の精神の”思いやり”に通ずると考えました。 |
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中村 |
例えば、日本の冠婚葬祭には「露出しすぎてはいけない」、「悪目立ちするような派手な色は選ばない」など多くのドレスコードがあります。アメリカの結婚パーティではこういった配慮はあまりありません。華やかな空間を盛り上げるための「楽しいファッション」がメインです。 日本の衣装のルールは全て相手への”思いやり”の表れです。格やルールが多くある「着物」はその最たる例だと思います。私はそこに特有な美意識を感じるんです。 しかし、「着物」は自分には着にくいと感じる人もいます。そうした“着物のような役割をもった”日本人向けのドレスは少ないのが現状。日本特有の美しさを継承していくことを目指して「日本の女性を美しくするドレス」をブランドのコンセプトとして掲げました。 |
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中根泰希 (以下中根) |
ファッションブランドがそうした日本の美しさを伝えていくことにすごく意味を感じています。古くから伝わる礼儀作法を知る場は少なくなってきていますが、ファッションという親しみやすいものを通すことで、日本の文化や芸術の継承に尽力できるのかなと。 |
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日本の美しさの物語を描いてみたい、人々に伝えてみたい。物語と共に展開する服作りの背景。
ーーブランド立ち上げ後の2021年秋にダンサーの五十嵐琴美さんと開催したポールダンスとファッションを融合したショーでは、脚本にも挑戦されたのですね。チャレンジの動機は何だったのでしょう。


中村 |
内田樹さんの構造主義を表す言葉から、「女性は生まれた時から“女性”であるのではなく、社会規範を受けて“女性”になる」と考えています。私がファッションデザイナーとして伝えたい”美”は、そんな世界や社会で見せることのできる個々の“表現”の豊かさや優しさだと、ようやく思うようになりました。 しかし、現代の「美」の解釈はこれとは少し異なります。現代の女性は “美しくあるための身だしなみ”として、脱毛やアンチエイジングなどを強要されていると言えると思うんです。もちろんそれらは自己表現の延長線上にもあるので、私も大好きですし、化粧も美容も楽しむべきもの。 しかし、少し前までは「プラスアルファ」だった脱毛のようなことが「当たり前の身だしなみ」になりつつあります。脇毛を剃らずに外には出れない。美しくなるための条件はどんどん増えているように感じますよね。 そういう思いが、脚本の根底にはありました。しかし、私の力不足で脚本のテーマやメッセージは、観客にあまり伝わらなかったようで……。その失敗から服のメッセージを届けるデザインプロセスを考え直す必要性を感じ、小説『着物語』を服と共に作ることにしました。さらには、KUMA財団の協力を得て、映像作品を作ることに。そこでは次世代の少女小説を目指し、服と共に女性が歩む変化の物語を綴ろうとしています。
『着物語』 |
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『春がどこにあるのかは、まだ誰も知らない』2022 11 月公開予定
主演:Kotomi Igarashi / Sponcered by KUMA Foundation.
中村 |
その頃には、私1人でブランドの全てを再現することには限界を感じていました。そこで事業継続のためのビジネス面を他の人間に協力してもらい、物語を細部に落とし込めるパタンナーを採用し、チームで動くように方向転換したんです。そうすることで私が伝えたい思いがクリアになり、「私の描く物語の、登場人物が着る服」を作るという、新しいデザインプロセスが生まれました。VRや3DCGのデジタルファブリケーションもこの世界の再現に使っています。 |
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中根
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彼女が作る服と物語には「こういう風に、精神と共に変身しながら着てほしい」というメッセージが詰まっています。しかし服を見せるだけでは、そうした思いはなかなか伝わらない。それぞれの服が物語のどんなシーンで登場するかは、YOLKなりの伝達手段の1つなのかと。彼女がそうした執筆や表現に集中するのと、事業を継続させるバランスを僕が担っていますね。 |
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中村 |
『着物語』は私たちが提供したい服と、人の変化の物語です。これを次世代の女性の未来のためにも、服と共に伝えることは、ファッションデザイナーとしての責任だとも感じていますね。 |
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ーーブランドメッセージが伝わらなかったという挫折が、新しいデザインプロセスやチームづくりに繋がったのですね。中村さんが、チームの中で大切にしていることはありますか。
中村 |
”贈与の精神”を持っているかどうかです。ブランドを今後も継続させるために、チームづくりには時間をかけるべきだと思います。 あとは相手からも教えを乞う精神を欠かさないこと。自分の得意と他人の得意は違うので、自分の不得意を認め、他人と助け合うのはいいチームの秘訣だと思います。 |
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ーー今後もブランドを継続させるために意識していることはありますか。
中村 |
社会には外国籍の私が「日本の女性を美しくするドレス」を作るのに批判的な人もいて……。しかし、まずは今いる顧客1人ひとりに対し向き合う方がブランド継続へと繋がると思います。 次に批判的なコメントをする方にも何かを授けることができるような、愛のある物語を作りたいです。そのために、「人は、女性は、なぜ、どのように、誰のためにその姿を目指すのか」といったことを常に考えています。 |
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写真:倉島水生
※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。