
立ち上げまでわずか2ヶ月。臆せずにリスクを取った経験が今へと繋がる。
ーー21歳という若さでWOODBERRY COFFEE を立ち上げた経緯を教えてください。
木原 |
東京都世田谷区の用賀で生まれ、大学生の頃までは花屋を経営する両親とは反対のサラリーマンを目指していました。コンサルティングファームや投資会社に入るべく、経営学が学べるアメリカの大学に進学。アメリカで大学生活をおくっていたのですが、ちょうど東日本大震災が起きた2011年3月、僕が大学3年生の時に父親の末期癌が見つかったんです。父親の闘病に付き合うために一時帰国しましたが、翌年の2月に亡くなってしまいました。そのタイミングでアメリカに戻るか悩んだ末、母のサポートで日本に居続けることに。そこから、家族や地元の実りになるような仕事を模索したんです。 父の葬式中、父の遺骨を持ってタクシーで移動している時、たまたま空き物件の看板が目に入りました。次の仕事を探していたときに、その場所や風景をふと思い出し、コーヒースタンドの立ち上げを決意したんです。花屋を営んでいた両親の影響もあり、自営業は僕にとって身近なこと。自分のお店を立ち上げるのは、1番イメージしやすい選択肢だったのかもしれないです。 物件を決めてから立ち上げまでにかかった期間は2ヶ月くらい。思い立ってからすぐ行動できたのは、若かったのと元々リスクを取るのに抵抗がない性格だったからでしょうか。最初の事業計画書の時点で600万円を借りたのですが、月々4万円くらい返済していけば良い金額ですし、失敗してもいいかなと。逆に今はしない判断だと思うので若いうちにリスクを取ったのは良かったと思います。
アメリカ留学中は、大学近くのコーヒーショップで毎日コーヒーを飲むのが習慣でした。ある日、いつも通り注文したコーヒーがおいしくなくて……、その日はちょうどバリスタが変わったタイミングで、コーヒーを淹れる人が変わるだけでここまで味が変化するのかと衝撃を受けました。それがきっかけでより興味が湧いて、自宅でコーヒーを淹れるようになり、コーヒー豆に目を向けてみるとアポロチョコのような香りのものなど様々な種類があることを知りました。その時の興味が今の仕事に繋がったように感じます。 |
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WOODBERRY COFFEE を利用してもらうことで、サステナブルの輪を広げる。
ーー1号店である用賀店を立ち上げたときの課題を教えてください。
木原 |
コーヒーは好きでしたが、いざ起業するとなると右も左も分からない状態。最初仕入れていた豆の焙煎者にサポートをしてもらいながら、たくさん飲み歩いたり、セミナーに通うなどして勉強しましたね。立ち上げた2012年頃は今よりも豆の種類や味わいの幅が少なかったですし、コーヒー業界全体が、美味しい一杯を模索している段階だったので、僕も挫けることなく継続できたんだと思います。 |
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ーー今回撮影させていただいた荻窪店は、1・2階がカフェスペース、3階がオフィス兼イベントスペースと、多様な使い方ができる場所に感じます。
木原 |
各店舗によって内装のコンセプトが違うのですが、荻窪店は駅から少し離れているので、人が集まる場所を意識しました。1階にはカウンターを真ん中に置いて、集まりやすい配置にしたり、2、3階は場所ごとで違った雰囲気を楽しめるようにしています。煙が出ないエコな焙煎機を置きたかったので、それが設置できる物件を選びました。 |
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ーー用賀、代官山、渋谷、荻窪、学芸大学の5店舗を拡大しているWOODBERRY COFFEE 。店舗拡大の中でのハードルはありますか。
木原 |
資金繰りが課題です。コーヒー豆の収穫は1年に1回で、現地からコーヒー豆を直輸入しているので、1年分の在庫を最初に買い付けなければならない。産地の農家も為替の変化や肥料の値上がりに対応しながら豆を作り続けなければいけないので、今後も持続的にコーヒーを作り続けるために、資金については生産国と消費国双方の課題でもありますね。
僕たちのコンセプトはサステナブルなコーヒーで、より良い世界を作ること。そのために、生産者が安定して豆を作り続けられる価格で仕入れをしています。お客様は、それに対してお金を支払って参加してくれている。週に1回でもWOODBERRY COFFEE を利用してもらうことで、その影響が巡り巡って産地に届き、サステナブルの輪が広がると思います。僕たちは生産国と消費国を繋ぐ架け橋のような存在でありたいですね。 |
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ーー”サステナブルなコーヒー”を大切にしているのにはどんな理由があるのでしょうか。
木原 |
”コーヒーの50年問題”を知っていますか?気候変動の影響で、世界のコーヒー豆の7割を占めるアラビカ種の栽培に適した土地が2050年には半滅すると言われる深刻な問題です。自分達の子供の世代が大人になる頃にコーヒーが絶滅すると思うと悲しいですし、サステナブルなコーヒー作りに取り組むのは自分達の役割だと思っています。 |
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同じDNAを持ったチームで、ブランドを形作る大切さ。
ーー現在5店舗、40名弱のチームを運営する中で大切にしていることはありますか。
木原 |
同じDNAを持っているかどうかを大切にしています。僕たちが考えるDNAとは、お店に対する価値観のこと。立ち上げてから10年目のときに、スタッフや卸売のパートナー、常連のお客様などを対象としたアンケートを行い、ブランドのDNAを紐解くためのワークショップを行いました。「なぜお店に来てくれるのですか?」、「どうして入社したのですか?」など、対象者に合わせた質問を展開し、集計。「品質に妥協しない」、「コーヒーの淹れ方に熱心」などの様々な回答をいただいた結果、”誠実さ”・”ホスピタリティ”・”探究心”という3つのワードが浮かんできました。この3つをチームのDNAとして持っていれば、世代やバックグラウンドが違う人でも、同じ目標に向けて意思決定ができると考えています。 |
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アイスコーヒー(GUATEMALA PENA ROJA)とベジタブルプレート
木原 |
サステナブルなコーヒーを作るために、環境保護は目を背けられない問題。食事は基本的にベジタリアンフードを提供し、店舗でのゴミを減らそうと努力しています。環境保護の一環として、牛乳パックのリサイクルや廃棄されるコーヒー豆で染めたエプロンの販売などの活動も行っており、スタッフも当たり前のようについて来てくれる。それは、同じDNAを持つチームだからではないかと思います。 ワークショップをした際に、WOODBERRY COFFEE とはどのような存在か擬人化して考えてみたんです。1人の人間としてソウル・マインド・ボディで分けると、ブランドの骨格が見えてきました。ソウルはより良い世界を作るというブランドの存在意義、マインドはサステナブルな商品を取り扱うことや専門性の高さなどお客様との約束、ボディは東京で1番美味しくて、ホスピタリティのあるカフェを目指しているという1番表面的な部分です。この3つから、WOODBERRY COFFEE という人を捉えました。その人を成長させていくことが僕たちにとってのブランディングだと信じています。 現場で働く中で、これらのDNAやブランディングは後からついてくるものだと気づきました。メンバーや文化、やりたいことは日々変化するので、お客様のニーズに合わせて日々メニューを改良したり、接客の仕方を変えたりを何年も積み重ねて、ブランドが出来上がっていくのではないでしょうか。 |
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木原 |
常に”王道”であることです。WOODBERRY COFFEE は、コーヒー豆の生産者、街の人、自分達にとって「なくなったら困る場所」でありたい。アメリカやヨーロッパなどと違い、日本にはメインストリームのコーヒースタンドが存在していないと思います。だからこそ、子供から大人まで全員が楽しめる普遍的な場所が必要なのかと。 僕たちの子供の世代までコーヒーという文化を残すのが今後の目標。コーヒーを残すには、コーヒー豆の産地を守ることが必要ですが、買い付けの量が足りていないので、買い付け先を現在の2カ国から5カ国まで広げたいです。最終的にはもっと広げて、世界中の産地に貢献したいなと。そのためには国内のコーヒー消費量を増やさなければならないので、もっと多くの人にWOODBERRY COFFEE を届けていきたいと考えています。 |
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写真:猪原悠
※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。