FEATURE 2022.02.10

日本のブランドが自走できるようになるために、僕たちができること。 –株式会社フラクタ 河野貴伸

代表取締役として株式会社フラクタを立ち上げるまで、河野貴伸さんは、フリーランスのCGデザイナー、作曲家、ウェブデザイナーと異色の経歴を歩んできた。様々な肩書きで自らの道を切り開き辿り着いたのは、”トータルブランディングパートナー”だった。ブランドの自走をサポートすることを会社の命題に掲げ、総合ブランディングサービス「Star Tracker」をローンチ。自分たちのリソースをオープンにし、目指す未来とはどんなものなのか。

昔から価値をアピールし切れていない人や物の、サポートが得意だった。

ーー河野さんが、株式会社フラクタを立ち上げるまでの経緯をお聞かせいただけますか。

河野

自分の先祖がからくり人形師で、父親は発明家という環境で育ったからなのか、物づくりに対しての憧れをずっと持っていました。作ったもので人を驚かせたり楽しませたりできる仕事がしたいと幼い頃から思っていたのですが、2000年以前、当時はまだインターネットの可能性も未知な時代。今でこそ越境して繋がっているデザインやエンジニアリングも、当時は専門性の高い仕事で何かになるにはひとつ選んで極めるしかなかったんですね。さらに自分は音楽も好きで、そのうちどれも諦めたくなかったので、今で言うフリーランスとして「なんでも請負います」というスタンスをとっていました。

 

ーー今でこそフリーランスやスラッシャーといった肩書きも認知され、そうやって働いている人もたくさんいますが、当時は珍しかったのではないでしょうか。どうやって仕事を獲得していたんですか。

河野

周りにできる人がたくさんいて、恵まれた環境だったのかもしれません。彼らに教えてもらったり、一緒に仕事をやらせてもらったり……、僕が彼らよりも得意だったのがそれらの仕事を「価値にすること」。つまりはそれでお金を稼ぐことだと思います。自分の父親もそうなのですが、面白いことをやっていても口下手で、その能力をうまくプレゼンテーションできない人は少なくありません。僕はそれをすごくもったいないと思っていて、「これ売れるから売ろうよ」といってビジネスに繋げることができたので、彼らにも重宝してもらっていました。


ーーその頃から”ブランディング”の意識はあったのでしょうか。

河野

当時はまだブランディングという言葉も知らずにやっていましたね。「正しく受け取ってもらう」ことの重要性はぼんやりと考えていたのですが……。そんなことをやっているうちにインターネットの進化が同時にやってきて、掲示板なども使われるようになって仕事の依頼も増えていきました。そこで急激に増えたのが、ECサイトなどのウェブサイトを作る案件。株式会社フラクタの前身の会社をやっていたときに、すごく依頼が増えて、一緒に取り組んでいたアートディレクターが「このままECサイトが一定の数を超えるとコモディティー化していって、ECサイト自体が単なる自販機のようになってしまう」と懸念し始めたんです。そこで「ECに使えるブランディングをきちんと勉強しよう」と一度立ち止まり、模索を始めて誕生したのが株式会社フラクタです。

ーー今の”トータルブランディングパートナー”というキャッチコピーが生まれた経緯は?

河野

この言葉は私自身ではなく、弊社のスタッフが現場で感じた課題や思いを基に考えてくれました。ブランディングって、僕らが枠組みを作って「こういうブランドにしましょう」と中身を作っていくのではなく、あくまでブランド側がやるべきことだと思っているんです。僕らのような外部の会社はあくまで伴走者。外部の会社にブランディングの相談をすると、ホームページやロゴ、パッケージを作ったり……ということをイメージする人が多いかもしれませんが、ブランディングとは行動の総和。実現するためには、ありとあらゆることをやらねばなりません。例えば、人事制度設計からカスタマーサポートの体制作り、物流やVMDまで全てが、ブランディングに関わっているものです。さらに時代の変化にも対応し続けないといけない。マスコミュニケーションの時代に作られてきたブランディング、例えばCMや広告など大企業が活用するフレームワークはある程度体系化されていて疑う余地がない。でも今はその前提から変わってきているので、よりリアクティブかつロングテールな社会にフィットする新しい考え方でサポートする必要があると考えています。

日本の企業にブランディングのナレッジを蓄積してもらいたい。

ーーブランドの自走をサポートするというコンセプトを掲げていますが、”自走させない”方がビジネスとして儲けがあるのではないかと思ってしまいますが……。

河野

一つは現実的に、現代のブランディングにはスピード感も求められているので、内部での判断がきちんとできないとそのスピードに追いつけなくなる。外部の判断をいちいち待っていると意思決定や進行に時間がかかりますから、自分たちで理解していることが重要です。

 

あともう一つは、日本の経済や中小企業の未来に対する危機感ですね。コロナ禍を経験して、企業の傷みが増幅しているのを感じています。今は助成金や融資を使って存続していても、コロナが収束して世界の経済が動き出したときに、日本の中小企業がまた利益を出していけるのか危惧しています。日本は海外と比べても、企業側が考えて、ノウハウを蓄積していくための経験が乏しいのが現状だと思っています。今後、日本から世界に発信していくときに対応できるように、その部分も鍛えていく必要がある。市場全体が勢いをつけていかないといけないと考えているんです。だから僕らが必要じゃない状況を作って、より僕らに求められるレベルが上がった方が良い。高いレベルで役に立てたときに対価を受け取る環境の方が健全だと今は思うようになりました。

クライアントへの理解と寄り添いが、ブランディングの第一歩。

ーー実際、クライアントと取り組みが始まるときにまずどの部分を課題として着目していますか。

河野

実際の認識と社会からの認識のズレですね。大抵、そこにはズレが発生しています。企業側の「こんな風に思われたい」という思いと、実際どう見られているかを徹底的にリサーチして紐解いていく。そのズレが明確になったら、客観的イメージに寄せてブランディングするのではなく、企業側へ「どうして違うように見られたいと思っているか」とヒアリングして掘り下げて、理解することを重要視しています。ここで思考を押し付けてしまうと、うまくいかなかったときにそのせいにしてしまう。「今回はフラクタにお願いして、いう通りにしたらダメだった」では、その経験でナレッジが蓄積されません。一緒に考えて決めたことであれば、例えうまくいかなかったときでも「どうしてうまくいかなかったのか」を考える経験に繋がり、ナレッジが蓄積されます。

ーー河野さん自身が、未来を構想するときにインスピレーションを受けているのはどんなことですか。

河野

世界の経済ですね。クライアントの想い、社会の中での在り方、そこにもう一つどんな変数が必要かと言われると、「世界がどうなっていくか」です。投資が集まっている先や、クリアしないといけない社会課題などに目を向けると、大きな流れが見えてくる。そのうえで、ブランドのお客様が解消したい課題とブランドの思いを実現する方法を考えて需要をマッチさせていきます。

会社のメンバーの情熱を信頼する。

ーープロジェクトを進行するうえで、自分たちが思い描いていた未来からズレていったときにはどう対処していますか。

河野

今の株式会社フラクタのやり方でいうと、社員の個々の感情を信じて任せます。クライアントへの理解を大切にしているからこそ、担当する社員の熱量も高いことが多く、クライアントとの信頼関係も厚い。私たちが常に大切にしていることですが、我々をパートナーとして見てもらっているか、ブランディングする会社として見られているかによって、大きな違いがあるんです。僕が上から合理的にジャッジしてしまうと思考を汚染することになってしまいますが、伴走している現場に任せることでより達成率は高まっていると思います。理解を深めるためにも、プロジェクトのチームはメンバーのパーソナルな部分を加味して、構成を決めています。

ーー”トータルブランディングパートナー”として、何か象徴的なお仕事があれば教えてください。

河野

5年前に誕生した「Depth」というヘアケアシリーズは、ゼロに近いところから関わらせてもらいました。老舗の化粧品メーカーから男性向けのコスメに挑戦したいという話を受けて、その当時はまだメンズ向けのコスメの市場が盛り上がっていなかったので、まずはヘアケアから重点的にやるのはどうかと、商品開発から携わって作ったブランドです。

 

最近では、JTが加熱式たばこの会員向けにサービスを提供したいという依頼がありました。僕らはそのバックボーンのコンセプトを作り、扱うブランドを選定してパッケージにして届けるというプロジェクトとして展開したんです。クライアントやエンドユーザーにも喜んでもらえて、僕らが考えているブランディングを体現する象徴的な取り組みとなりました。

ーー2022年1月には、「Star Tracker」というサービスもローンチされました。ツールやノウハウ、Tipsを一元化した月額課金のオンラインサービスということですが、いわば会社のナレッジをオープンソースにするようなこの取り組みの意義とは?

河野

まさにブランドが自走できるようになるためにスタートしたサービスです。始まりは気合が入るけれど、そのあとの運営や維持はブランド側の努力なしでは成り立たない。あとは僕たちに「遠慮なく相談してくださいね」という繋がりを保つためのツールでもあります。ブランディングはプロフェッショナルな領域で「自分たちではできない」と思っている企業の概念を覆してもらいたい。そのために僕たちができることをこのサービスに集約しています。

一方でこのツールはあくまで「コミュニケーション」の土台と考えています。我々がノウハウをただ展開しただけで、世の中みんながいきなりブランディングできるとは考えていません。故にこのツールはブランドさんだけでなく、企業を支える側のプロフェッショナルのみなさんにもぜひ使っていただきたいと考えています。最近は地方でも非常に優れたマーケターやデザイナーが多く存在します。しかし彼らの数自体は日本の中小企業の数からすると圧倒的に足りていません。しかし、このツールを活用してもらうことで、世の中のオンライン化と相まってより生産性高くサポートが可能になることも可能になると考えています。我々のノウハウが「正しい、正しくない」ではなく、このツールやノウハウを基に、新たなやり方、フレームワークが日本全国で同時多発的に生まれていく。それが我々の考える「ブランディングの民主化」です。

 

ーーブランディングの必要性に関して認知が高まっている一方で、効果を測定しづらいという側面もあると思います。複数の人の想いが混在するものですし、サポーターとして舵を取るときに大切にしていることはありますか。

河野

ブランディングって、「なんとなくイメージが上がったかもしれない」という定性的な効果に逃げてしまうのも簡単ですよね。だからこそその言葉を免罪符にせずに、担当者がプロジェクトに対して責任を追う覚悟というものが必要です。成果が測りづらいからこそ、「自分がやるべきだと思っているからやるんだ」という熱意を持ってやりきらないといけないと思っています。

写真:猪原悠

※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。