FEATURE 2023.03.15

身近なことから種をまき、若者の性被害・二次被害防止のエンパワメントを広げる ー 臨床心理士/公認心理師・みたらし加奈

欧米やヨーロッパでは広く浸透しているにも関わらず、日本ではまだ馴染みのない「カウンセリン グ」。カウンセラーに対して悩みを打ち明けて、今まで気付かなかった心の傷や被害について自 覚するケースもあります。そこで必要なのが、より多くの人々に情報を届け、エンパワーメントを 引き出すこと。臨床心理士のみたらし加奈さんが、より多くの人に呼びかけるために心がけてい る“仕掛けの素”に迫りました。

ーーSNS等を中心に性被害や性的同意に関する情報を発信し、 臨床心理士・公認心理師として TVのコメンテーターなども務めるみたらし加奈さん。みたらしさんが臨床心理士を目指したきっか けを教えてください。

みたらし

 大学時代、知人が統合失調症という精神疾患を患ったと耳にしたときに、自分自身の中の偏見 や知識のなさから、本人にかける言葉が見つからず悔しい思いをした経験がありました。そのと きの心残りをきっかけに臨床心理士を目指して大学院に進学し、資格所得後に総合病院の精神 科に勤務します。精神科の患者さんの多くは、重症化してはじめて病院に来られた人たちが多く、私自身も「もう少し早くきてくれれば…」と思う経験があったんです。精神疾患は早く治療すれ ばするほど治癒経過が良くなると言われており、どうしたら多くの人が病院にアクセスしやすいか を考える日々……。そのときに思いついたのがSNSでの発信です。心が辛い時こそ病院に足を 運び診察を受けるのにハードルを感じ、布団の中でずっと携帯を見てしまうという人は多いはず。 そんなときにSNSを通して専門機関や知識を目にし、病院へ行くきっかけになればと思い Instagramでの発信を始めました。 

 ちょうど同時期に私が実験的におこなった1人往復1通の無料のメール相談でも、ものすごい数の相談メールが届いたんです。できるだけ相手の使う言葉に添いながら、メールを送ってくれる人の 目線に立つように心がけていました。そのときの目的は「悩みの解決」ではなく、専門機関と繋ぐ こと。それは今も変わっておらず、私の発信が精神科や心療内科などの専門機関に行く第一歩 になってくれたらいいなと思います。

ーーカウンセリングの中で気をつけていることやポリシーはありますか。

みたらし

 カウンセリングに来る方の中には様々な専門機関を巡って私にたどり着いた方もいれば、初め てメンタルヘルスケアを体感する人もいます。例えば私自身はパンセクシュアルだとカミングアウ トをしていることもあり、相談者さまの中には「自分もLGBTQIAの当事者だ」と私に伝えたい方も いる可能性があります。そういったとき、もしかしたらその方にとって私が初めての「セクシャリティをカミングアウトした相手」になるかもしれません。専門家として、相手の悩みに対して主語を大きくしないのがとても重要。異性愛主義やシスジェンダー規範、恋愛至上主義の視点で語らない様 にするのも大切にしています。例えば「女性の生理」という言葉がよく使われますが、トランスジェンダー男性の方で生理が来る人もいますし、年齢によっては閉経した方もいるでしょう。言葉の ニュアンス1つとっても、誰かが阻害されていないか考える。自分が想定しうる枠の1歩先まで考 えた上で言葉を紡ぐようにしています。 

 相手が私と対話する中で、「みたらしさんは話を聞いてくれない・分かってくれない」というような 気持ちを抱かせたくはありません。他人に自分の悩みを打ち明けるのはすごく緊張しますし、相手の一挙一動全てが気になりますよね。私のつま先の向きや手の位置、息遣い、あらゆる視線 などが、相談者にとってすごくセンシティブな情報。言葉遣いや所作1つひとつに気を配りな がら、その人の心地よさそうなタイミングで徐々に話を聞くことを心がけています。

ーー心理カウンセリングが普及している欧米に比べて、日本ではまだメンタルケアの必要性に関 して認知度が低い状況にあると思います。そうした現状についてどうお考えですか。

みたらし

 欧米やヨーロッパと比較して日本ではメンタルヘルスケアがまだまだ浸透していないというのは 紛れもない事実。相談してくださるクライエントは年々増えてきてはいるのですが、占いやコーチ ングなどの悩みの答えが導かれやすいものの方が求められている傾向です。しかし、カウンセリ ングの多くは1回でどうにかなるものではなく、カウンセラーとクライエントがじっくりと解決に向け て歩むもの。ボールの壁打ちのように対話を地道に続けることが必要なケースもあるので、手が 出しづらかったり、すぐに効果が得られなくてガッカリする患者さんもいます。また言語的背景として日本語は最後に結論を伝える文法構成なので、話の最後に自分の感情がくる、あるい は感情の話まで辿り着かない場合も。そうした背景を理解した上で、私たち専門家は日本語に寄り添ったカウンセリング方法を模索する必要もあると思っています。

ーーみたらしさんが副理事を務めるNPO法人mimosasは公式サイトやSNSを通して、若者の性 被害・二次被害の防止やエンパワメントを広げるイベントなどについて発信しています。 mimosasを立ち上げた経緯を教えてください。

みたらし

 NPO法人のmimosasは代表理事の疋田万理と私の2人で立ち上げました。きっかけは疋田に 届いた「性被害についての専門的な情報が集約されたサイトを作ってほしい」というメッセージ。 その言葉からmimosasは生まれました。 

 性被害はジェンダーに関わらず全ての人が被り得る問題なので、mimosasでは様々なセクシュ アリティやジェンダーアイデンティティを問わず発信をおこなっています。専門的な知識ではあるけれど、なるべく情報を受け取る人たちが負担のない、わかりやすさも大切にしたメッセージでなけ ればならない。その思いをベースに、いつもメンバー間で話し合いを重ねています。

ーーmimosas立ち上げ当初は人々からどんな反応がありましたか。

みたらし

 mimosasの発信を見て初めて「私は被害を受けていたんだ」と気付く方もいらっしゃいます。例 えば「痴漢」というものが性被害であるという認識がなかったり、「レイプ」は“夜道で知らない人か ら受ける性暴力”と思っている人も多い。恐ろしいことに、そういった被害もありますが、実際の統 計を見るとレイプ被害の約8割は元交際者などの知人からだと言われています。同意がない性的 な行為の全てが性暴力だという認識が、日本にはまだまだ根付いていません。だからこそ自分 が被害に遭ったと気付くきっかけがないまま、私たちが「あなたの被害は相談すべきものなんで すよ」と伝えて初めて自身の被害を自覚する方も多いんです。 

 mimosasとして活動をしていく中で出会ったZ世代の子たちの中には「2人きりでお酒を飲んだら 性行為をしていい」、「相手の家に行くのはOKサインだ」という感覚を“普通のこと”として認識して いるケースもあって…。 

 私たちが提供する情報は、そもそも「性的同意という言葉を知っている層」にしか届いていない 可能性があり、ある程度、知識の下積みがないと相手の心に響かないときもあります。今の現状 では相手の意志を無視した性のやり取りは多くおこなわれていて、そのなかには自覚なく加害者に なっている人も多い。性的同意の1つの指標として「いつでも、誰でもNOと言っていい」のですが 相手に気を遣ったり、なぜか“男女”の対立構造になりやすいです。よりマスに対してmimosasの 情報を届けるにはどうしたらいいか、日々メンバーと協議しています。

ーーより大衆に向けて性的同意や性被害の問題について当事者意識を持ってもらうために、どう いったアプローチをとろうとしていますか。

みたらし

 「性的同意なんてわからない」と感じている層に対して情報を届けるには、私自身の体験を話す のが1番だと思っています。先日、「シスヘテロ男性との性行為中に同意なくコンドームを外され、 不安を抱えながら1人で産婦人科に駆け込んでアフターピルをもらった」という体験をInstagram で公表し、アフターピルの薬局販売を求めるパブリックコメントの記入を呼びかけました。そうする と今まで性的同意について知らなかったと話していた友人までもが共感を示してくれ、パブリック コメントを書いてくれたんです。どうしても「知識」というと上から目線になってしまいやすいです が、人はそれぞれ生きてきた人生も持っている知識も違うからこそ、相手の見えている世界と私 の見えている世界のすり合わせは大切だと思うんです。それをmimosasも意識しています。 

 また知識の有無に関係なくmimosasの活動をより日常に近い形で伝えていきたいと思っていま す。例えば、mimosasで販売する「NO MEANS HELL NO Cap」などのグッズは、性的同意や悩 みについて話すきっかけを作るのが目的。「キャップに書いてある文字ってどういう意味?」と いった友人やパートナーとの会話から、悩みを打ち明けれる人もいるかもしれません。ファッショ ンなどの私たちにとって身近なところから、小さな種まきをしていくのが私たちの目標です。

写真:倉島水生

※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。

※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。