FEATURE 2022.10.21

デザインのアウトプットとして存在する飲食店の新しいかたち — & Supply代表・井澤卓

外資系大手企業から30歳で独立。クリエイティブスタジオ〈& Supply〉を立ち上げ、空間デザインを軸に池尻大橋のストリートバー「LOBBY」、代々木上原でカフェ・バー「nephew」、神泉町にレストラン「Hone」といった業態の異なる飲食店を3店舗展開する井澤卓さん。未経験ならではのアイデアと工夫で〈& Supply〉というブランドを幅広い層にリーチしてきた井澤さんに、仕掛けの素を教えてもらった。

 「やりたいことを仕事にしたい」独立を視野に入れた20代の過ごし方。

ーー空間設計から壁画制作、飲食店の経営など幅広い事業を展開されている〈& Supply〉ですが、一体どのような集団なのでしょうか?

井澤

 〈& Supply〉はクリエイティブスタジオとして活動をしていて、そのアウトプットの一つとして飲食店を3店舗運営しています。もともと場づくりをしたくて始めたので、そこに向けてどんどん店舗が増えていき、さらにはそこから派生して色々な形に挑戦しています。

ーー〈Yahoo〉、〈Google〉といった国内外の大手企業でキャリアを積まれてきた井澤さんが、独立を決めた経緯を教えてください。

井澤

 学生時代から30代になったら独立したいというのは漠然と考えていたんです。特に野心があって起業家になりたかったというわけではなく、自分のやりたいことを仕事にできたらいいなと思って。〈Yahoo〉にいた頃に趣味でチョークアートを始めたのですが、ちょうどブームも後押しして色々とお仕事としてオファーいただく機会がありました。でも、ずっとこの先も食べていけるかと考えた時に、長くても5年くらいでこのブームは終わるだろうなと思って。具体的に独立を考え出したときに、営業スキルを磨きたいと思い、広告営業職を志望して〈Google〉に転職しました。

—— 会社員時代から自宅をAirbnbとして貸し出したりもされていたそうですが、当時はまだ今ほどそういった副業も主流ではなかったように思います。そのような働き方の発想はどこからきていたのですか?

井澤

 2010年代の中盤ごろからそういったサービスやプラットフォームがどんどん出てきて、スキルや資本がなくても挑戦できるチャンスが増えていったことがきっかけかもしれません。海外ではそういった働き方は珍しくないので、ビジネスと自分の好きな世界観をつなぎ合わせるものの見方という点では、旅先でインスピレーションを受けることも多かった気がします。

—— ビジネスとして成立させるうえで意識されていたことはありますか?

井澤

 チョークアートに関しては、デジタルな世の中になっているからこそ、人の介在したものづくりや温もりのようなものが求められているような感覚がありました。みんなが知っている文字を媒介に、誰もが小さい頃に触れてきた黒板とチョークを使うというスタイルは誰もが理解しやすいし、手触りに温もりを感じられるので、空間やデザインの文脈でもトレンドが来るかもしれないと感じて。そういったビジネス的な感覚と世の中の流れやニーズを掴むという感覚がバランス取れるというのは強みかもしれません。かといってそれは何十億もの市場規模の話ではなくて、僕らのような小さな組織が生きていけるような絶妙なマーケットギャップを見つけて、埋めていく。その動きが今の〈& Supply〉へと続いているように思います。

<LOOBY>

<nephew>

<Hone>

 空間デザインのアウトプットとして始めた、飲食業界への参入

ーー2018年に起業されたのち、1店舗目となる「LOBBY」をストリートバーという新しいジャンルのバーとしてオープンされました。これまでとは全く異なる業種へのチャレンジはいつ頃から考えるようになったのですか?

井澤 

 正直、独立したての時は全然考えていませんでした。僕自身あまりお金に興味がなくて、せっかく稼いだお金の使い所があまり分からなかった。だったら何かやりたいことにお金を使いたいなと思ったんです。そこで、今〈& Supply〉で建築や空間デザインを一緒にやっている高校時代の同級生に「何かやりたいことある?」と聞いたら、「空間を作りたい」と言われ、「じゃあ、やろう!」と。その後、運よくイメージが湧くような物件がすぐに出てきて、流れに任せるように進んでいきました。

ーー投資も必要ですし、経験のない分野を一から始めることに不安はありませんでしたか?

井澤

 税金で取られるなら何かやろうというくらいのノリで何も考えていなかったですね。ただ、空間を作りたいという目標があったので、遅かれ早かれ自分たちでやるしかないとは思っていたんです。なぜなら、僕らは空間デザインのバックグラウンドが強いというわけではないし、有名な事務所を出ていたわけでもなかったので。将来やりたいことをやるためには、短期的には利益が見込めなかったとしても必要だよねという話をしていました。

ーーその後、お昼から人が集まるカフェ・バー「nephew」、初のレストラン業態となる「Hone」が今夏オープンするなど、異なる飲食店のケースを次々と作ってこられました。その流れは必然だったのでしょうか?
井澤

 「LOBBY」をやってきてビジネスとしての飲食業の面白みに気がつくと同時に、バー業態の限界も感じていました。もっと間口の広い場を作るために〈& Supply〉のブランド認知のリーチを広げる業態も始めたいねという話からカフェを始めることに。実際にカフェは日常使いしやすいので来店頻度も高く、「nephew」をきっかけに「LOBBY」に来てくださる方が増えたりと戦略通りの結果になりました。

 

「Hone」に関しては、そもそものきっかけはスタッフが増えてオフィスの移転を考え出したところから。そこで出てきた物件がここでした。とはいえ、スペースも広すぎるし家賃も高かったので初めは悩みましたが、こういった業種である以上オフィスへの投資は必要だと思っていて。普段働いている場所がクライアントの信頼につながるので、色々と考えた結果、飲食店とオフィスで家賃を折半しようということになりました。かつ、飲食の利益でオフィスの初期投資も回収できるということもこれまでの経験から計算できたので、だったら単価の上がるレストランという業態にチャレンジしてみようかなと思いました。

ーー実際に開業されていかがでしたか?

井澤

 当初の読みからあまりブレはなかったですね。飲食業としての精度はここ数年で確実に上がってきているなと実感していて、数字から目を逸らさずにやってきたことで、やり方さえ間違えなければ、博打ではないという自信になりました。

ーーnoteに開業までの流れを綴ったりと、自発的に発信もされていますが、そういった取り組みを始められたのはなぜですか?
井澤

 noteでの発信もブランディングの一環として始めました。いつかは飲食店をやってみたいという声が多くあったので、そこに対してバックグラウンドのない人が始めるというのはコンテンツ的にフックになりそうだなと思って。僕個人の発信としつつも、〈& Supply〉が中長期的にビジネスが続けられるという前提に立ってデザインを考えていることを伝えたいと思い始めました。

ーー反響は多かったですか?

井澤

 思いの外、飲食業界の人たちの間で読まれているみたいです。というのも、飲食業界はとくに数字や原価を見ることに苦手意識を持っている人が多いんですよね。その点で僕らは、バックグラウンドや技術面ではそういった人たちに叶わないかもしれないけれど、打ち出し方によって成り立たせる方法を知っている。そこが〈& Supply〉の存在意義だと思っているので、職人さん達の意見にも耳を傾けつつ、きちんとビジネスとして成立できるように収益環境を改善していくひとつのきっかけになれたらいいなと思っています。

やりたい時に始められるフットワークの軽さを大事にしたい。

ーー5年目を迎えた〈& Supply〉ですが、チームとして大事にしている理念などはありますか?

井澤

 僕自身好きなことをやらせてもらっているので、働いているメンバーのみんなも自分の好きなことを〈& Supply〉を通してやれる体制にしていきたいと常に思っています。僕は一人ひとり自分のためにやっていることが会社の事業にはまってお互いに良くなることが理想だと思っていて、将来こうなりたいから今ここにいるというか、そういう意味で会社を利用していく姿勢は大事。だからこそ、やりたいことが明確にある人と一緒に働きたいというのはありますね。

ーー〈& Supply〉というブランド作りの上で意識していることはありますか?
井澤

 〈& Supply〉としては、既知のものと未知のものをバランスよく組み合わせるということを意識していて、シェフやバーテンダーといったいろんな分野でプロフェッショナルを集めて、彼らをディレクションしていくのが僕らの仕事。「Hone」の料理に関しても、奇抜すぎず、見たことはあるけど、意外性のある調理法や組み合わせというのは常に考えています。「LOBBY」でも一般的なハイサワーを使ったカクテルとか、プラスアルファの掛け合わせで驚きにつながるようなアイデアをどんどんアウトプットしていきたい。だからこそ、ストリートバーという業態が受け入れられたのだと思うんですよね。経験者じゃないと門を叩けない独特のジャンルだったバーという空間をカジュアルダウンすることで間口を広げることができた。ビジネスをバックグラウンドにしているからこそ、小さくてもやりたいなと思ったらすぐに始めて、成り立たせることができているというのは幸せですよね。

ーー心の満足度も高い働き方ですよね。
井澤

 壁画もそうだし、レストランやバーも職人の経験が自分たちにないからこそ打ち出せるカジュアルさが〈& Supply〉の長所だとも思っていて、経験がなくてもバーを始めてもいいし、カフェをやってもいい。本当はみんなそれぞれやりたいことを心の中に持っているのに、自分には経験がないからと言ってストップをかける人が多いなかで、それでもやってみていいんじゃないかということを実践していきたいというのは常にあります。

ーー最後に、〈& Supply〉としての目標を教えてください。
井澤

 何かひとつのことをゴールとして突き進むというのではなく、その過程の中で、メンバーがやりたいことがあったらちゃんとバックアップできるようなチームにしていきたいですね。

 

取材・執筆:市谷未希子
写真:猪原悠

※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。