FEATURE 2022.04.13

“コンパクト農ライフ”の伝道師が伝える、ブランド作りの本質。―The CAMPus 代表 井本喜久

井本喜久さんの肩書きは、「コンパクト農ライフの伝道師」。日本の就農者を増やすべくオンライン農学校を主宰し、各自治体と協力して様々な取り組みを実施しながら、他業種から農業に飛び込もうとする人のサポートを続けている。米農家に生まれ東京農業大学を卒業したあとは広告企画制作やブランディングなどの仕事を手掛け、しばらくは農業から離れた世界で活動してきた。様々なキャリアを経て、井本さんはどうして現在のテーマに辿り着いたのか。

食のこだわりがきっかけで出会った、日本各地の農家たち。

――「世界を農でオモシロくする」をテーマにした「The CAMPus」で、オンライン農学校「コンパクト農ライフ塾」や農をテーマにしたオンラインサロン「NOU ONLINE SALON」、自治体と田舎暮らしをサポートする事業「INASTA」など、様々なアプローチで“コンパクト農ライフ”を伝える井本さん。東京農業大学を卒業後は広告業界で活動されてきたわけですが、どういった経緯で“コンパクト農ライフ”の魅力に気がついたのでしょうか。

井本

僕は26歳で起業してずっと広告業界でコミュニケーションデザインやブランディングなどを手掛けてきたのですが、2012年にフライドポテトとジンジャーエールの店「BROOKLYN RIBBON FRIES」を始めました。「BROOKLYN RIBBON FRIES」というブランド作りの過程が面白くて、クライアントワークだけでなくオリジナルのものを作っていきたいと思うようになったのです。それからしばらく仕事に奔走していたのですが、2014年に妻が癌に侵されていることが発覚。それから一緒に病気と向き合いながら食について研究しはじめ、自分なりに文献を読みあさったりセミナーに行ったりして学んだ末にビーガンを試すなど試行錯誤していました。

 

でも自分たちにとっては食に関して制限があることにストレスを大きく感じてしまい、長くは続けられませんでした。そこから「食を楽しもう」という方向性にスイッチを切り替えて、食材にこだわるように。こだわっていくうちに、日本各地で挑戦を続けている面白い農家がいることを知ったのです。2016年頃、農家のもとを訪ね歩き、話を聞いていくうちに「こんなに面白い人たちがいるのなら、このことをもっと多くの人に知ってもらいたい」と思うようになり、ウェブマガジンを作ることにしました。

 

“新規就農者の減少”という社会課題の解決がいつしか自分のミッションに。

――ご実家も農家で、農業に親しんだ環境で育ってきてもなお新しく出会った農家に興味を惹かれたんですね。

井本

現状、約80名弱の方がコラムを書いてくださっています。普段人にはなかなか話さないようなことを、公にリアルに書き連ねるのはすごく大変な作業だと思います。だからこそ、「書いてくださる方をどう見つけるか」、その次に書き手になったことで「不快な気持ちにならないように」というのは、運営をする上で何より大切にしています。誤解を生んでしまったらSNSで予期せぬ方向性で拡散されてしまったり、リスクも大きい時代なので、いかに守れるかというのはかなりデリケートに考えています。編集のタイミングで、ミスリードになっていないか、誰かを傷つける内容になっていないかは慎重に確認して進めるようにしています。

――なるほど。情報発信をするウェブマガジンから始まって、どのようにして今のオンラインコミュニティに成長していったのでしょうか。

井本

ウェブマガジンで情報を発信していくうちに、記事を読んで興味を持ってくれた人と相互のコミュニケーションを取れるようにしたいと思うようになったんです。「農業って面白いかもしれない」と思っても何から手をつけて良いかわからなかったり、相談相手だって見つからないかもしれない。そういう人たちのために2017年11月に「The CAMPus」のウェブサイトをオープンさせました。

伝えているのは農作物の作り方ではなく、ブランドの作り方。

――現在「The CAMPus」では「世界を農でオモシロくする」をテーマに、“コンパクト農ライフ”を推奨し新規就農者を増やすためのサポートを行っていらっしゃいます。そのテーマを掲げた理由をお聞かせください。

井本

先ほども言ったように、農家はどこも若手の人手不足の危機に瀕しているんです。でも東京などの都会で暮らしていると、街には若者が溢れているじゃないですか。この人たちに農業に興味を持ってもらうにはどうしたら良いかと考えるとやはり「面白くないとダメじゃん」と。あと大切なのは「ちゃんと食えること」(笑)。農業というと経済的・体力的にハードなイメージを持たれることが多い。でも実際は豊かな暮らしを送っている農家だってちゃんといるんです。彼らに共通しているのは、ブランドをきちんと確立し、自然の摂理に則って、地球にも自分の生活にも負担の少ない持続可能な農業スタイルを確立していること。これを僕たちは“コンパクト農ライフ”と呼び、スクール「コンパクト農ライフ塾」ではそのHow toを伝えています。

ーーおっしゃる通り、スクールでは農作物の作り方などはお伝えしていないのですね。具体的には、どんなことが学べるのでしょうか。

井本

 

「コンパクト農ライフ塾」の講義で伝えているのは農業の“出口”、つまり売り方から逆算した事業計画です。マーケティング計画や新規事業の起こし方、ブランディング、流通の攻略方法、コミュニティの形成からテクノロジーの活用まで幅広く自分のブランドの作り方が学べるようになっています。農作物の作り方は、その地域や作物によっても違いますし、今の時代検索すれば出てくる情報がたくさんありますから。

“自分たちの理念”というブランドの本質を言語化する。

――確かに、そうですね。先ほどおっしゃっていた経済的な不安も「コンパクト農ライフ塾」の講義で解消されそうですし、受講修了後もオンラインサロン「NOU ONLINE SALON」や事業サポートシステム「INASTA」なども揃っていますし、充実のサポート体制ですね。これから農業を始めようとする人たちだけでなく、自治体との連携する際には何からアプローチするのでしょうか。

井本

僕からするとどんな地域にも個性やその魅力があるのですが、各自治体はそれに気が付いていなかったり言語化できていなかったりすることがよくあります。まずは地域の魅力を言い当てるところから始めます。それをみんなで話してブランドの根幹を作っていくんです。その個性や魅力が本質だとしても、現象とセットで見せていかないとなかなか気が付かない。実際に若い人が興味を持って集まってきたり、取材を受けたりといった現象が起きてきて初めて実感してもらえます。

――独立されてから一貫して、ブランドを作ることを大切にされていますが、井本さんにとってブランドとは?

井本

「理念」ですね。僕が師と仰いでいる人からブランドに自分の理念や哲学を注入する大切さを教わりました。行動の原理にはその人の理念があると思うので、それを芯に置くこと。デザインや言葉を美しくしていくのも効果的ですが、それはその次の段階です。

――井本さんの“理念”はどんなことでしょうか。

井本

“コンパクト農ライフ”の根底にある考え方はウェルビーイングです。都市に人は集まっているけれど、都市型の暮らしに疲弊している人も少なくないはず。都会の課題と農村の課題を合わせて考えて、解決するために複合的にことを起こしていく必要があると考えています。「The CAMPus」のテーマは農業だけれど、伝えているのは農業じゃなくて、ウェルビーイングに繋がる“自分のブランドの作り方”。はたらくために暮らすのではなく、暮らしのために仕事がある方が理想的。それを自然環境のなかで実現するためのキーとなる“コンパクト農ライフ”を、僕はもっと世界に広げていきたいんです。

 

 

 

写真:石渡朋

※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。