“本を届ける”という行為に向き合った10年間。
ーー木村さんが本に携わるお仕事につくまでの経緯について教えてください。
木村 |
大学進学を機に静岡県浜松市から上京してきた19歳のとき、原宿で声を掛けていただいたのをきっかけにファッション誌の読者モデルとして芸能活動を始めるようになったのが今のキャリアの大きな入り口です。ファッション誌でのスナップやカバンの中身紹介などといったメディア露出が増えると「明治大学」という当時の私の肩書きにも注目してもらえるようになり、本にまつわるテレビ出演や原稿仕事などの依頼もいただくようになりました。メディアを通して本の良さを伝えていくにつれて、元から抱いていた「文学についてもっと本格的に学びたい」という思いが強くなり、大学卒業後は、日本文学、とりわけ当時から最も好きだった太宰治を研究するため、大学院に進学。29歳の時には『いまさら入門太宰治』(講談社)という書籍も出版しました。初めて自分で本を出版してみて感じたのは、「本を手に取ってくれる人と、もっと誠心誠意一対一で向き合える場所が欲しい」ということでした。そんな時に、私がのちに勤めることになる下北沢の「B&B」を手がけるブックコーディネーターの内沼晋太郎さんと博報堂ケトルの代表・嶋浩一郎さんに出会ったんです。 |
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ーーその出会いが、木村さんのキャリアに大きく影響を与えることになるわけですね。
木村 |
その通りです。自分で本を出版した時に、「もう少し1対1でちゃんと読者に本を差し出した手応えが欲しい」ということを考えていたのですが、その思いに内沼さんと嶋さんが共感してくれたようでした。お二人はちょうど本と人を繋ぐ本屋「B&B」を作ろうとしていた最中で、意気投合した私はすぐにB&Bのスタッフとして携わることに。物件探しや内装の検討、本の選書やコンセプト決めなど、ゼロからお店を作るところから携わらせてもらい、2012年7月にB&Bがオープンしました。 |
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ーーB&Bでは木村さんはどのような役割だったのでしょうか。
木村 |
私は「イベント担当」として、どうやったら作品の魅力を人に届けられるのか考える役割でした。365日、1日もかかさずにイベントを企画・運営することがミッションだったのですが、イベントのアイデアが思いつかない時には私が舞台に立ってトークをするということもありました。よっぽどその時のバタバタした日々が記憶に残っているのでしょうね、今でも「明後日のイベントが決まっていないから早く予定を決めないといけない!」と焦る夢を見るくらいです(笑)。それくらい忙しい日々だったけれど、必死にイベントを運営したあの経験が、今の企画力に繋がっているのを感じます。 |
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ーーその他に、B&Bに携わったことで得たものはありましたか。
木村 |
読者モデルやタレントをしていた時代は、裏方のスタッフの皆様に整えてもらった舞台に立つだけでよかったのですが、一から本を販売したりイベントを企画するのには裏でたくさん準備をしなければいけないということを初めて知りました。 店頭にも立っていたので、レジ打ちや納品といった基本的なことから、ビールの注ぎ方、設営、マイク機材の仕組みなど、普通の本屋ではできない仕事をたくさん経験させてもらいましたね。会社に勤めた経験もなかったので、恥ずかしながら30代にして初めて知ることばかりの日々でした。
そしてもう一つ、B&B時代に学んだことがあります。特定の人の書棚って、見る分には面白いのですが、色が濃すぎて売り物にはあまりならないんですよね。だからB&Bではあえて棚の担当を作らず、社員でもインターンでも、誰でも好きに本を発注して良いという仕組みでした。これはその後に勤めた蔦屋書店でも同じことが言えますが、書棚は私1人だけではなくて他のスタッフを含めた本屋全体、そしてお客さんと作るものなので、「このお店に来て、この作品を選ぶのはどんな人なんだろう」と考えるようになりました。それはB&Bや蔦屋書店といったチームで運営するお店にいたから学べたこと。この約10年間をすっ飛ばしていきなり自分の店を持っていたら、コトゴトブックスはもっと独りよがりな書店になっていたと思います。 |
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ーーそもそも木村さんは何をきっかけに本を好きになったのでしょうか。
木村 |
本を好きになったのは、書道教室をやっていた祖母の影響が大きいと思います。よく祖母の書道教室に遊びに行っていたのでまだ文が読めない幼い頃から文字に親しみがあり、次は単語が読めるようになり、そしてだんだん長い文章が読めるようになるのが楽しかったのを覚えています。本の面白さにハマっていく一方で、周りの人と本の話ができない悲しさも感じていました。気が合う友達ともJUDY AND MARYのYUKIの話では盛り上がるのに、本の話はなぜかできなかった。でも、今思うとその環境があったから、人に本の魅力を伝えたいという執着が生まれたのかもしれないですね。周りに本好きがたくさんいて、普段から本の話で盛り上がっていたら、ここまで「本に興味がない人を振り向かせたい」という強い意識は生まれなかったと思います。 |
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木村 |
読者モデル時代には、撮影の待合室に置いてある差し入れのお菓子の横にしれっと本を置いたりしていました。普段本を読まない周りのモデルの子たちが本と出合えるきっかけを作りたかったんです。「ファッションが好きな子たちに太宰治を勧めるなら『女生徒』がいいかな」などと人に合わせて選書をするのは楽しかったですし、実際に「何これ?」と手に取ってくれる人もたくさんいました。例えば、穂村弘さんの現代短歌集『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』は装丁も素敵で、収録されている短歌も10代の感性を刺激するようなものばかりだったので人気がありました。 「国語で習ったのとぜんぜん違う!」「でもちゃんと五七五七七になってる、面白い!」というように会話が盛り上がったり、本に興味を持ってくれる人もいて、とても嬉しかったですね。 |
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ーー作品のストーリーや世界観に寄り添い、作品をさらに好きになる企画やアイテムが並ぶのがコトゴトブックスの魅力ですが、これまでに反響の大きかったものは何ですか。
木村 |
昨年亡くなった西村賢太さんの追悼文集です。西村さんとはB&B以前から親交があって、新刊が出たらコトゴトブックスでも販売しようと思っていた矢先の訃報でした。西村さんが不在でも、西村さんの作品を忘れないようにいつまでもみんなが語り合える場所を作りたくて、西村さんの新刊と西村さんファンからの追悼文を集めた追悼文集をセットにすることに。最初は、自分から声をかけた出版関係者の方々が20名ほど、その他の一般の方を合わせても30人くらいが協力してくれたらいいなと思って始めたのですが、いざ募集してみるとなんと77人もの方から応募が殺到。最初から集まったものは全て収録すると決めていたので、結果220ページにもわたる大特集となりました。感謝の言葉もとても多くて、西村さんがこんなにもたくさんの人に愛されているということを伝えられる良い企画になったと思います。 |
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ーー木村さんが企画や特典を考えるときに軸にしていることはありますか。
木村 |
私は、あくまでも作者の一番近いところにいる一読者。「この企画、私が考えました!」というよりも「幸いなことに作者とお話できる立場として、こんなことを特典にしたら他の読者も喜ぶんじゃないかな」という企画になるようにしています。たとえば最近、“『OVER THE SUN 公式互助会本』(左右社)と「赤坂柿山」のおかきのセット”を販売したのですが、これは私がもともとラジオのヘビーリスナーだったから思いついたアイデア。一互助会員として、本と一緒にラジオで話題に上がっている「赤坂柿山」のおかきがついてきたら嬉しいなと思ったのがきっかけでした。 小谷美由さんと「隙間時間栞」を作ったのも、最初の打ち合わせの時に彼女が着けていた華奢なブレスレットを見て、「こんな綺麗なアクセサリーを栞として本に挟めたら、読書時間も楽しくなるだろうな」と考えたのがきっかけになりました。 |
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ーーコトゴトブックスでずっと変わらずに続けていることはありますか。
木村 |
発送まで全て私1人でやっていて、レターパックの宛名は必ず私が手書きするようにしています。ご購入いただくまではメールでのやり取りなので、せめて届ける時だけでもお礼の気持ちを込めたくて。また、お客さんの生の声を大事にしているので、購入してくださった方には「本を読んだ感想などお寄せいただけたら、全て作者の元へ届けます」という旨のメールも必ずお送りするようにしています。そのメールに返信する形で本の感想を送ってくれる方が結構多いんですよ。中には、可愛らしい便箋に手書きでしたためた手紙を送ってくださるリピーターの方もいらっしゃいます。内容がポジティブだろうがネガティブだろうが、お客様からの声には絶対に目を通すのが私のモットー。オンライン書店という直接顔を合わせることのない形態だからこそ、ユーザーの方と密なコミュニケーションを取るようにしています。 |
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ーーコトゴトブックスの今後の展望を教えてください。
木村 |
立ち上げの時期がコロナ禍だったこともあり、オンラインでのスタートになりましたが、ゆくゆくは直接見てもらえる実店舗を作ることを視野に入れています。とはいえオンラインだからこそ全国各地の方から「こんな地方にいてもサイン本が手に入るなんて夢のようです」といったような声がたくさんあるのも事実。全国各地、地方に住む方にも直接見てもらえるように車での移動販売を計画中です。そのために、最近自動車免許を取得しました。 他にも、本の販売だけではなくて、出版業にも携わっていく予定です。実は先にお話しした西村さんの追悼文集も装丁から出版までコトゴトブックスが手がけました。とことん喪に服したいという思いでバーコードも取っ払った装丁にしたかったのですが、そうやって自分が形にしたいと思うものを今後はもっとダイレクトに実現できるようになるはずです。
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写真:倉島水生
※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。
※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。