FEATURE 2022.05.25

“好き”を積み重ね、約束を守り続けること。ーSanu Inc. 本間貴裕

2010年、Backpackers’ Japanを創業し、蔵前のホステル〈Nui.HOSTEL & BAR LOUNGE〉、日本橋のホテル〈K5〉など話題の宿泊施設を多く手がけてきた本間貴裕さん。“人と人”をつなげる場づくりを追求してきた本間さんは2019年に、福島弦さんとタッグを組んで、”人と自然“をつなげる事業を展開するライフスタイルブランド「SANU」を立ち上げた。人の心を掴み、愛されるブランドはどうやって生まれるのか。本間さんにブランディング、人が集まる仕掛け作りについて聞いた。

ブランドやカルチャーは個人的な「好き」から出発する。

ーー福島弦さんと共同で〈SANU〉を起業したとのことですが、本間さんの具体的な仕事内容はどのようなものですか?

本間

 僕はファウンダー兼ブランドディレクターとして、“いいものを作る”のが仕事です。大まかにいうと、建築物やクリエイティブデザインなどを総合的に見て判断する。一方の福島はビジネスの仕組みを作り、それを広げていくのが仕事です。

ーー本間さんが担う役割は多くの人が難しいと感じるところだと思います。“いいものを作る”ために日頃から意識していることはありますか?

本間

 自分は何が好きか?を考え続けることですね。世間の流行や“こうあるべき”という規範は、ある特定の設定の下でしか成り立ちません。例えば、現代の日本で“いい”と認識されているものは、場所や時代が移ろえば変わるので、絶対ではない。でも、一人ひとりが抱く“好き”は明らかに存在して、絶対です。だから、何かを作る時は少なくとも“好き”が出発点であるべきだと僕は思います。

─ー本間さんが“好き”を突き詰めて、そこにチームが加わることでビジネス規模を大きくできる?

本間

 それだけじゃなくて、1人で好きなものを追求していくと、エッジィなものはできますが、その人の想像を超えていきません。そこに仲間が加わって、いろんな人の“好き”が入り込むことで、オリジナルの色になる。

ーー本間さんが、自分の“好き”を発信し続けられるモチベーションはなんでしょうか?

本間

 好きに生きるようにしています。好きに生きている人って現代の日本ではとても少ないから、好きに生きていたらそれなりに価値化もします。日頃から山で滑り、海に入り、泊まりたいところに行き、会いたい人に会って話を聞く。そういうことを繰り返して「やっぱりいいな」とか「これは嫌だな」と常に考える。こういう生き方を許してくれる仲間がいるからできることでもあり、チームのためにも僕は“感情に素直でありたい”と思っています。

ーー“感情に素直”とは?

本間

 論理的な説明や正確なデータに基づいて、ものを作ることもできるけれど、「なんとなくいいな」と思えるかどうかが大事だと思うんです。その「なんとなくいいな」は、いろんな喜びや悲しみ、好きや嫌い、感動する気持ちを経て、気づけるものだと思う。だから、僕は何が好きかをわがままに考え続けるようにしています。

─ー海や山にも頻繁に出かけているということでしたが、美しい自然に身を置くこともセンスやクリエイティビティを磨くことにつながっていますか?

本間

 確実に反映されていると思います。都市には美しくデザインされたものやエンタメがたくさんあって刺激的だけど、自然の中にはそれをはるかに超える感動がある。山の中に倒れた木を見てもバランスが取れていて、景色として整っている。雪山の静かな風景や海の朝焼け、そういった圧倒的なスケールで言語化できない美しさに触れ続けることは大事だと思いますね。

「何のためにやるのか」を忘れないこと。

――本間さんがチーム作りで大切にしていることは何ですか?

本間

 僕、〈Backpackers’ Japan〉の時から変わらず、一緒にご飯を食べたいと思う人と働きたいんです。数字に強いとか英語が話せるとか、そういうスキルだけじゃなくて、一緒にご飯食べていて心地いいと思う人と働きたい。福島に初めて会った時も、彼がどういうスキルを持っているのかまったく知らなかったけど、話をしていてとにかく気持ちがいいやつだったんで、一緒に仕事しようってずっと誘っていました(笑)。

ーーでは、本間さんが考える“いいチーム”とは?

本間

 最低限お互いにリスペクトできる部分が必要だと思います。「こいつ、いつも眠そうな顔してるけど音楽に詳しいんだよな」とか「数字は弱いけど、土地を見るセンスは抜群だな」とか、一緒にご飯を食べたいと思えて、且つ違いに尊敬し合える人が集まると、いいチームになる。逆にどれだけ仕事ができても、一緒に遊びたくない人とチームを作るのはナンセンスだと思います。

――いいチームを維持していくために大事にしていることは?

本間

 2つあって、一つは理念を大事にして発信し続けること。何のためにこの会社は存在するのかという理念がわからなくなることって少なくないと思うんです。売りたいものやプロダクトだけ考えて、「あれ?これって何のために作ってるんだっけ?」と、後から考えるような。

 

 何かを作ることは多少なりとも自然資源を使います。それで環境を壊して、お金稼いで終わり、では意味がない。そうならないために、「何のためにやるか」という理念を忘れずに持ち続けることが、いいチーム作りに欠かせない要素。僕たちの場合は「Live with nature. / 自然と共に生きる。」という理念があるので、それを発信し続けることでチームの結束が強くなり、さらに、その想いに共感してくれた人が仲間になってくれる。

 

 もう一つは、お互いがリスペクトし合うために、丁寧でオープンなコミュニケーションを取ること。仕事中にゆっくり話す時間がなければ、休みの日に一緒にサーフィンしたり、雪山を滑ったり、食事をしたり。そういったところでディスカッションできる場を設けるようにしています。

“70点でいい”と思って進む。

――現時点で抱えている課題はどんなものがありますか?

本間

 山ほどあります。その一つは、資本主義的な拡大と、地球環境をより良くすることを両輪で取り組むこと。それをどういうバランスでやっていくのかが、現在の最大の課題です。そこで僕たちがまず考えたのは、人間が循環の中に入ることでした。

ーー“循環”というと?

本間

 

 山は人間がまったく入らない方が豊かなのではなくて、むしろ人間が入って、ある一定の量の木を切るほうがいい森もあります。ミツバチが花の蜜を取って受粉するのと一緒で、人間にも自然の中での役割がある。だから、そういうところを見極めてやっていけば、循環していくと思います。ただ、これは、言うは易しで、そのバランスが非常に難しいのですが。
─これまでにもさまざまな課題に直面されてきたと思います。課題に対してはどうアプローチしていますか?

本間

 一つはクリティカルポイントを見極めて、そこにコミットすること。どの局面においても、本当に解決すべき課題は多くはなくて、一つクリティカルなものがあるはず。今の最大局面を乗り切るために押さえるべきところを押さえる。もう一つは、70点でいいと思って進むことです。
ーー「70点でいい」というのは?

本間

 この話は、ある人から教えてもらったことなのですが、100点を目指すがあまり、足りない30点を上げようと必死になると、悪いところに注力することになります。すると、いいところが伸びなくなる。70点達成できていれば、それで良しとする。組織論も同じで、10人のうち3人がサボっていても7人が一生懸命やっているならそれでいい。サボっている3人とばかり向き合っていたら、7人のモチベーションは下がります。だったら、やる気のある7人で進んでいくほうがいい。

生き方を考えた先にブランドが存在する。

ーーブランディングについてはどう考えていますか?

本間

 ブランディングはいろんな捉え方があると思いますが、好きなことをちゃんと好きと言い続けることと、約束を破らないこと、その二つが大事だと思います。前者については、自分たちが、いい、美しい、気持ちいいと思うものを積み重ねていくことで、ブランドの基礎ができる。後者については、経済合理性や好みを追求するがあまり、環境を壊して事業を拡大していけば、誰も信頼してくれなくなり、ブランディングが成り立たなくなる。例えばSANUであれば、「Live with nature. / 自然と共に生きる。」という約束を守り抜くことで、“SANUだったら大丈夫”と思ってもらうことができ、それがブランディングにつながります。

ーー本間さんは意識的にブランディングしようと思うことはありますか?

本間

 ないですね。ブランディングは結果論だから。たとえば、大企業が一つの商品を作る時にブランディングを考えるというのはあると思いますが、自分にとって「どういうブランドを作りたいか」は「どう働きたいか」であり、それは「どう生きたいか」と同じなんです。自分は何をしたいのか、してはいけないのかを考え続けることがブランディングになる。ブランディングしようと思ってするというよりは、生き方を考えた先にブランドが存在すると思っています。

ーー本間さんは感情に素直になって「何が好きか」を考え続ける存在であり、また、ブランディングには“好き”を積み重ねていくことが重要とお話ししてくださいました。ただ、“好き”なものがブレないというのが難しそうだなと。

本間

 好きとか嫌いは変わっていいと思いますよ。一緒に働くメンバーや社会、その時のインスピレーションによって好みは変わるので、むしろ、好きなものは変わっていこうぜ!と思う。ブランディングって、その人がどういう髪型をしているのかと似てると思うんです。短髪もいいし、パーマも似合うね、みたいな。逆に、そっちは遊び心を持ったほうが楽しいじゃないですか。っSANUもこれから先、もっとポップなデザインになったり、スペースエイジなテイストも取り入れるかもしれない。だからといって、自然をどんどん壊してビジネスを展開していいのかといえばそれは違いますよね。それは絶対に破ってはいけないこと。かっこいいものを作って目立ちたいとか、稼ぎたいとか、いつの間にか目的が変われば、とたんにブランドは崩れ、チームが崩壊します。趣味・思考は変わっても、掲げた約束は守るべきで、そのために、常にどうあるべきか、どうありたいかを問うことが、人の心を掴むブランド作りにつながると思います。

 

写真:猪原悠

※コロナウイルス感染拡大防止対策を施したうえでインタビューを行い、撮影時のみマスクを外しております。