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Special Inshigt (Fasion Love 12)

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毎月、気になるファッションラバー達のお話をお届けする企画「FASHION LOVE 12」。
第10回目はファッション・プロデューサーとして国内外で活躍されているサルインターナショナルの四方義朗さんにお話を伺います。

攻撃は最大の防御!今までの経験を生かし、どんどん冒険しましょう

四方義朗氏写真

奥山:四方さんのファッション遍歴を教えていただけますか?

四方義朗(以下四方):ファッションに目覚めたのは、やっぱりジーンズですね。当時、テレビで『ララミー牧場』や『ライフルマン』を見て、海外の俳優が履いているジーンズがどうも自分の履いているのとは違ってカッコイイなぁ……と。当時は西宮に住んでいたので、神戸の高架下にあるアメリカものの輸入雑貨屋に行って探して、見つけたのがリーバイス501でした。他にもバーバリーのトレンチコートのボタンを全部外して、洗濯機で洗いこんだ後、わざと汚して今で言うダメージ加工してから着るとか、まさに外国の文化が先生だったんですよね。クルマや音楽、映画、特にニューヨークのジャズメンのファッションにも影響を受けました。その後、高校時代は『アイビー』の時代。『VAN』や『JUN』の洗礼を受けて、勉強もしないでファッションのことばかり考えてました。それから音楽にハマって、特にロンドンですけど、パンクやグラムロックなどの、カウンターカルチャー的なものに惹かれましたね。服で自己表現するという、コンセプチュアルな部分がカッコ良かったんですよね。

奥山:なるほど。四方さんの思い出のファッションアイテムってなんですか?

四方:昔、ボクはバンドマンだったんです。神戸でフォークコンサートのイベントを企画して、そのとき加藤和彦さんと出会うんだけど、その後一緒にデモテープを作ったり、いろいろと世話してもらいました。加藤さんから2・3回しか履いていないロンドンブーツのおさがりとかをいただいたんだけど、なかでも『ミスター・フリーダム』のニットはカッコ良かった。今までのセーターとは、編み方とかも全然違ったんですよ。ロンドンにあった伝説的なショップで、エルトン・ジョンとか多くのミュージシャンが、当時ここの服をこぞって着てたんです。

四方義朗氏写真

奥山:ショーのプロデュースを始められたのはどのようなきっかけなんですか?

四方:音楽の仕事を始めて、『つのだ☆ひろとスペースバンド』でベースを担当した後に、イベントプロデュースの仕事を始めたんですよね。その頃遊びにいく場所に、ミュージシャンやファッション関係者が多く出入りして……、ちょうど同時にDCブランドブームがやってきて、ファッションショーをやろうよっていう環境になったんです。ショーには音楽や照明など総合的な演出が必要で、自分の得意分野だったから。その後、外国人デザイナーが来日して、ファッションショーのお手伝いをすると、次にパリでのショーも手伝ってなんて話になり、その頃は一年中コレクションごとに、国内・海外を飛び回ってましたね。

奥山:ちなみに今までやられたショーで特に印象的なものは?

四方:JUNのファッションショーかな。ロンドンでストリートキャスティングをして、カッコいい素人モデルを集めて“ソープ・バブル・オペラ”をテーマに芝浦の倉庫で開催しました。来場者に入口でビニールのレインコートを渡して、会場全体にシャボン玉を降らせました。モデルも素人だから、いろいろ勝手な動きをしちゃうし、服も自己流で着ちゃうしで……(笑)。そのうえ会場が暑くなったんで、入口の暗幕を途中で外しちゃって、でもそのおかげで客船がドラマティックに見えたり……(笑)。そのショーに三宅一生さんがいらっしゃってて、その後三宅さんのショーのお手伝いするようになりましたね。

奥山:四方さんの演出の特徴はどういったものなんですか?

四方:従来のファッションショーとは違うアプローチを心掛けてましたね。自分の好きなロックやパンクなどの音楽を使って、自由な発想でショーを演出しました。コンサバティブなショーに飽きていたデザイナー達は特に共感してくれて、一緒に仕事するようになりましたね。

奥山:四方さんから見て最近のファッション業界の動きってどのように感じられますか?

四方義朗氏写真

四方:ちょっとコンサバティブになり過ぎてる気が。ファッションがいろいろと出回ることによって、非常に大衆化したでしょ。それによって方向性を見失いつつあるんじゃないかなぁと感じますね。特に今は極端にお客さんのニーズやMDの戦略を優先させすぎ。だからファッションも二極化が激しくなってしまったんじゃないかな。だけれど悲観的になる必要はなくて、今は過渡期でさらにファッションが進化する時期だと捉えてます。“タンスに隙間を空けたくなるほど、欲しがるものを作る”そんな考えでファッションメーカーはモノ作りをしていって欲しい。それと“ブランドの時代”から、“店の時代”に変化していることも重要。どの店でも同じものを取り扱うのではなくて、立地を考え、商品構成や展開するブランドを変えていかなきゃダメだと思いますね。

奥山:なるほど。ちなみにファッション活性化のため秘策はありますか?

四方:特に40?50歳代に向けてのファッションの成熟が大切だと思っています。最近ボクの周りから「着たい服がない」って話をよく聞きますけど……。でも例えばゴルフの時、ゴルフ自体のファッションスタイルは向上してきているのに、相変わらずゴルフ場に行くまでの格好がイケてないんですよね。まだオヤジの休日スタイルのまま。せっかくゴルフブームで女性達がゴルフ場にお洒落して出掛けるようになったんだから、男性もしっかりキメないと。ちなみにファッションを変えるためには、“下から考える”ことが重要。まずは思い切って赤いスニーカーを選んでみる。そうするとそれに合わせるパンツを考えないといけない、するとインナーやジャケットも変えなくちゃいけないでしょ。やっぱりいつも同じものを着るんじゃなく、新しいものにトライすることで若返りますからね。

奥山:最後にファッションビジネスに関わるヒトに向けてのメッセージをいただけますか?

四方:良い意味で“ファッションバカ”であるコトが大切。どうして自分がファッションが好きだったのか、原点に戻ってクリエーションをもう一回見直すことが必要です。ファッションがいきいきとしていた本来のアパレルの姿を取り戻すためにも、“攻撃は最大の防御”ってことなんです。そして今までの経験を生かしたうえで、思い切った冒険をしましょう。それとネット通販が溢れている今だからこそ、お店で買う面白さを再認識してもらうために、販売員はショップに来てもらえるような努力をしていきましょう。

Profile
サルインターナショナル取締役
四方義朗(ヨモヨシロウ)
1948年大阪生まれ。関西大学法学部卒業後、ミュージシャン、雑誌編集、TV番組制作などを経験。その後、ファッションイベントの企画・演出を手掛け、1983年サルインターナショナルを設立。ファッション・プロデューサーとして、国内外のコレクションを演出し話題に。現在では、ファッションをはじめブランドのイベントやメイキング、さらには店舗開発など、さまざまな分野で活躍している。

Interviewer
奥山泰広(おくやまやすひろ)
1968年生まれ。月刊誌Begin編集長をへて、現在編集プロダクション・イベント企画制作のPOW-DER代表。
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